2018年03月28日 1520号

【どくしょ室/「南京事件」を調査せよ/清水潔著 文春文庫 本体740円+税 虐殺の事実に調査報道で迫る】

 著者は日本テレビの報道記者。数々の事件の真相に迫るドキュメンタリー番組の制作に関わってきた。その著者が2015年、戦後70年の記念特番として選んだテーマが「南京事件」だった。本書は、番組制作過程で日本軍の南京大虐殺の真実に迫るためにどのような調査取材を行ったかを記したものである。事件から80周年の2017年12月、改めて文庫化された。

 「南京事件」は日中全面戦争に突入した1937年12月、南京占領時に数十万の市民が日本軍により虐殺された事件である。当時、日本国内でこの事実は報じられることなく、首都占領に沸き立った。戦後、戦争犯罪人として松井陸軍大将ら軍指導部は処刑された。しかし、歴史修正主義者たちは、「虐殺はなかった」「30万の犠牲は中国のプロパガンダ」と執拗に否定キャンペーンを展開している。

 日本軍は敗戦時、軍保管記録の大部分を焼却破棄し、戦争犯罪の証拠隠滅をはかった。公式記録がないことを利用して、「虐殺などなかった」とする軍関係者の「戦後の証言」を根拠に「否定説」を組み立てている。当時の新聞で報道された「平穏な南京市街」などの写真や記事を否定の根拠にあげる。修正主義者らの主張には、それを裏付ける第一次資料(当時の客観的事実を示す資料)が欠けている。事実を隠そうとした軍関係者の戦後の証言は信頼を置けず、当時の報道は真実を伝えていない。真相究明には、第一次資料の発掘が必要だった。

 福島県出身者で構成された部隊兵士の日記が民間研究者によって収集されていた。著者は現物を確認し、記述内容について、破棄を免れていた日本軍の記録などと照合し、原本であることを確信した。日記には、南京占領に際し、日本軍が中国人男性を片端から「捕虜」とし長江近くに連行して数千名を機関銃等で処刑したことが記されていた。銃声を聞いた兵士、生存者を銃剣で突き刺した兵士、死体の処理作業を行った兵士。複数の日記の日時などに矛盾はなかった。

 この記録をもとに南京取材が行われた。処刑場所の特定や中国側の証言と食い違いはないかなど、その裏付けを行い、こうした処刑が何日も続いたことを立証した。虐殺はまぎれもない真実であった。

2015年、南京事件関連資料はユネスコの世界記憶遺産に登録された。日本政府はこれに「国益に反する」と強く反発している。著者は、南京事件を巡る対立は「否定」と「肯定」ではなく、「利害」と「真実」だという。修正主義者らは、戦争国家作りに障害となる不都合な真実を抹殺しようとしているのだ。

 取材を通して著者は自らのルーツにかかわる事実に触れ、思いを馳せる。それも踏まえながら「二度と過ちを繰り返さぬため」と本書を記したのである。(N)
ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS