2018年05月04日・11日 1525号

【シネマ観客席/ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書/監督 スティーブン・スピルバーグ 2017年 米国 116分/報道は何のためにあるのか】

 スティーブン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』が公開中だ。実話を基に、ベトナム戦争にまつわる政府の嘘を明らかにした新聞記者たちの奮闘を描いた映画である。物語の舞台は1971年の米国だが、描かれている内容は安倍政権による情報隠蔽(いんぺい)とメディア攻撃が横行する現在の日本を思わせる。

ベトナム戦争の真実

 ベトナム戦争が泥沼化していた1971年。戦争に関する米国政府の極秘報告書(ペンタゴン・ペーパーズ)をニューヨーク・タイムズがすっぱ抜いた。そこには「米艦への攻撃」をでっち上げて本格侵攻を開始した経緯などが詳細に記されていた。

 国民に嘘をついていたことを暴かれたニクソン大統領は激怒し、タイムズを機密漏洩(ろうえい)罪で訴えた。裁判所の仮処分命令により、続報記事の掲載は差し止めとなる。

 同じ頃、ワシントン・ポストも文書の入手に成功していた。編集主幹のブラッドリー(トム・ハンクス)は記事化を急ぐが、同社の経営陣から「待った」がかかる。掲載すれば、タイムズと同様の処分が下ることは必至。株式公開を控えていたポスト紙にとって、それは経営を危うくする打撃になりかねなかった。

 社主のグラハム(メリル・ストリープ)も悩んでいた。まずは国家権力を敵に回すことへの不安。そして個人的な感情もからんでいた。ベトナム戦争を推進した前国防長官のマクナマラは彼女の古くからの友人だった。

 葛藤するグラハムをブラッドリーは説得する。「記事を出せば全員が刑務所送りになり、会社は潰されるかもしれない。でも、我々がやらなければ誰がやる? 真実が葬られれば自由の火が消える。報道の自由は報道することでしか守れないんだ」

 激しい議論の末に、グラハムは記事掲載を決断する。古手の幹部連中から接待要員ぐらいにしか思われていなかった彼女がジャーナリズムのあるべき姿に忠実であることを選んだのだ。「新聞は権力者のためではなく、国民のためにある」と。

メディアのあり方問う

 映画の原題は「The Post」。新聞社を舞台に、メディアのあり方を問うた作品である。もともとワシントン・ポストはベトナム戦争を支持しており、大統領の娘の結婚式を1面記事にするような保守的な新聞だった。それがこの事件をきっかけに報道姿勢を大きく変え、ニクソンを退陣に追い込む調査報道(ウォーターゲート事件の暴露)を成し遂げることになる。

 スピルバーグは脚本を読んでからたった9か月で本作品を完成させた。すべてのスケジュールを空け、この映画の撮影に専念したという。背景には、トランプ大統領によるメディア攻撃の嵐が吹き荒れる米国の現状がある。

 「この物語には現代との共通点がとても多い。映画で描いた1971年当時と今のマスコミの状況は同じだ。(中略)歴史の振り子が、現代に戻ってきた感じがする。歴史は繰り返すものだが、状況としては今のほうが悪いと思うね。だからすぐに作って公開したかったのさ」(キネマ旬報4月上旬号)

 報道の自由を圧殺しようとしたニクソン政権に対し、当時のメディアは連帯して闘った。多くの新聞社がペンタゴン・ペーパーズを一斉に報じ、タイムズやポストを孤立させなかった。権力の監視という報道の役割をメディアも市民も忘れてはならない―そんなメッセージが胸に響く佳作といえよう。

日本の現状と重なる

 『ペンタゴン・ペーパーズ』をご覧になって、「これは今の日本の話じゃないか」と思われた方は多いのではないだろうか。政府に都合の悪い情報の隠蔽、意に沿わない報道機関や記者個人への圧力、新聞社や放送局幹部の政権との癒着――すべて安倍政権で起きていることである。

 ただし、政権へのメディアの迎合ぶりは日本の方がひどい。たとえば、福田淳一財務事務次官のセクハラ行為をめぐる対応がそうである。被害を受けたテレビ朝日の女性記者は、なぜ録音データを週刊新潮に渡したのか。自局で報道しようとしても、上層部の横やりでつぶされることは目に見えていたからだ。

 テレ朝といえば、『報道ステーション』の印象から反安倍と思われがちだが、それは幻想にすぎない。早河洋会長は政権へのすり寄りを強めており、安倍首相との会食には報道の責任者も同席させている。篠塚浩報道局長もその一人。週刊新潮への情報提供について「報道機関として不適切な行為であり遺憾」とコメントした人物だ。彼は衆院で共謀罪法案が強行採決された翌日、安倍首相と3時間に渡って会食している。

 権力と癒着し、決定的な対立を招くような事柄は事実をつかんでいても報道しない。これが日本のメディアの現実だ。「国家権力と闘う報道記者をヒーローとして描くドラマなんて、今の日本では現実離れした設定すぎて成立しないよな」と暗澹(あんたん)たる気持ちになってしまう。

 もっとも、嘆いてばかりではいられない。真実を明らかにする調査報道に執念を燃やすジャーナリストも大勢いる。彼らの奮闘がなければ、森友ペーパーズの改ざんや自衛隊派兵部隊の日報隠蔽は発覚しなかった。大切なのは市民が彼らを励まし、孤立させないことである。映画を見て、その思いを強くした。 (O)



ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS