2018年06月01日 1528号

【非国民がやってきた!(282) 土人の時代(33)】

 遺骨返還問題は、日本植民地主義の「学問」によるレイシズムを浮き彫りにしました。大日本帝国時代に植民地主義を理論化した殖民学や文化人類学。第2次大戦後、日本国憲法の下で自らの植民地主義を清算することなく、継承した経済学や人類学。返還要求を前に、先住民族の声を圧殺しようとする現在の学問の権威主義。日本の学問にはレイシズムが貫かれています。そのことを自覚できないレイシズムです。

 遺骨返還問題は日本に限られません。植民地主義がはびこった世界では、どこでも植民者は「土人」を発見し、その墓地を暴き、盗掘してきたと言って良いでしょう。その例として、アメリカのスミソニアン博物館の遺骨返還問題を見てみましょう。

 スミソニアン博物館とは、1848年に設立された、科学、産業、技術、芸術、自然史の博物館群・教育研究機関複合体の総称であり、一つの博物館ではありません。現在、ワシントンDCを中心に、国立航空宇宙博物館、国立アフリカ美術館、国立自然史博物館、郵便博物館、アメリカ歴史博物館、アメリカ・インディアン博物館など19の博物館や、研究機関を擁すると言います。運営資金はアメリカ政府財源、及び寄付、寄贈、ミュージアムショップ、出版物からの利益で賄われています。

 国立自然史博物館及びアメリカ・インディアン博物館は、1990年代から、先住民族であるインディアン及びハワイ共同体の遺骨の分類調査と返還を行ってきました。その中間報告と言うべき、2011年5月のアメリカ政府・説明責任局の報告書(GAO-11-515)によると、国立自然史博物館及びアメリカ・インディアン博物館には、南北アメリカ、中央アメリカ、カリブ海地域から集められた膨大な所蔵品が納められています。1800年代、軍医の要請に応じて、頭蓋骨研究のために、米軍は戦場や墓地から数千のインディアン人骨を送りました。その結果、数千の人骨が軍医博物館に保管され、後にスミソニアン博物館に移管されました。その後も人骨や関連する物品の収集が続きました。

 1989年、アメリカ・インディアン博物館法が制定され、所蔵する人骨や関連する物品の調査が始まりました。インディアン人骨を含むカタログは19,780あることが判明しました。国立自然史博物館に19,150、アメリカ・インディアン博物館に630です。まだ調査が完了していないため、この数は変動を続けています。インディアン人骨、埋葬用具類、その他の関連する物品は、自然史博物館の形質人類学コレクション、考古学コレクション、民族学コレクションに収録されています。

 1989年、アメリカ・インディアン博物館法が制定されて以来、スミソニアン博物館は5,000以上の人骨を返還してきました。これは所蔵品の3分の1に当たります。埋葬用具類も212,000以上返還してきました。所蔵品全体の調査は未完のため、返還状況の進展度合いは不明です。アメリカ・インディアン博物館法はスミソニアン博物館に、インディアン人骨と埋葬用具類の出所・由来を確認するために、利用可能な科学的歴史的記録を精査するよう求めています。スミソニアン博物館は返還作業にさらに5年が必要と推定していますが、政府は数十年かかるかもしれないと見込んでいます(2010年5月時点)。

 アメリカ・インディアン博物館法は特別委員会を設置するよう求めたので、スミソニアン博物館は、自然史博物館の返還作業を監視するために返還審査委員会を設置しました。スミソニアン博物館側は、法律が指示したのは自然史博物館だけであるという立場ですが、法律はそのように限定していません。しかし、返還審査委員会は自然史博物館だけを対象とし、アメリカ・インディアン博物館を対象としていません。全体としてみると返還作業は十分進行しているとは言えません。

<参考文献>
Laurent Daville(ed.), Repatriation of Indian Human Remains. Efforts of the Smithsonian Institution. Nova Science Publishers, 2013.
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