2018年06月15日 1530号

【どくしょ室/地図から消される街 3.11後の「言ってはいけない真実」/青木美希著 講談社現代新書 本隊920円+税/帰還、再稼働、そして核武装】

 著者は震災翌日から現地に入った朝日新聞の記者。原発事故を特集した「プロメテウスの罠」取材チームの一員でもある。

 避難指示解除地区への帰還は4・3%にすぎない。生活基盤を奪われ、被曝の不安がぬぐえないからだ。しかし、政府は指示解除で対象の避難者への支援を打ち切り、「避難者の数」を減らすことができる。被災地以外の国民には「復興」を印象づける。

 筆者は、避難者に向けられる目は、当初は憐れみ、次は偏見、差別、そしていまや、最も恐ろしい「無関心」に変化したという。この変化は、不都合な事実を「なかったこと」としてもみ消そうとする国家権力の思惑通りであり、これを許してしまった各報道機関の敗北と言われても仕方がない、と猛省する。

 避難指示解除の前提となる除染作業は、大手ゼネコンが請け負ったため、土木現場の多重下請け構造が持ち込まれ、作業員の賃金や安全面でしわ寄せを受けている。本来、支払われるべき「除染手当」が現場作業員に支払われていない場合が多数ある。作業員の孤独死、事故死も本人の不注意で処理される。さらには、手抜き除染を強制され、作業員のわずかな誇りも傷つけられている。

 筆者らは、手抜き除染の情報を裏付けるため、現場に張り込んだ。回収されるべき汚染物質が河川に投棄され、家屋の除染で出た汚染水がそのまま垂れ流されている実態を報道した。事実を伝えるためのメディア内部の苦闘も読み取れる。

 政府は改善を指示したが、莫大な利益を上げている元請けゼネコンの責任は問われず、責任は下請け作業員に押しつけられた。「除染」ではなく「移染」=汚染の拡散が今も継続している。

 2013年夏、原発がれきの撤去作業で高線量の放射性物質が飛散し、作業員に基準値の5倍を超える汚染が見つかった。放射性物質の飛散は、すでに帰還地区となっていた南相馬村まで及び基準値を超える米の汚染が起こった。帰還住民の不安は一気に高まった。

 しかし、関係省庁は秘密会議で「がれき撤去が汚染原因でない」と口裏合わせし、「放射性物質の飛散は原発の敷地内にとどまっている」との見解をまとめ、米の汚染の原因は不明とした。帰還政策と再稼働に不都合な真実を徹底的に隠蔽しているのだ。

 政府が原発再稼働を強引に推し進める背景には、日本の核武装を可能とする潜在能力を維持するねらいがある。そう断言するのは、匿名を条件に取材に応じたかつて「原子力村」のトップであった人物だ。

 「帰還」「再稼働」「国防」の3つのキーワードで真実はねじ曲げられ、避難者は切り捨てられる。避難指示解除の地域が再生のめどもたたないまま地図から地名さえ消されていく現実を本書は暴いている。 (N)
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