2018年08月10日 1538号

【非国民がやってきた!(287) 土人の時代(38)】

 イギリスのメディア文化スポーツ省は、2004年の人体組織法による遺骨返還の運用のためガイダンスを策定しました。その目的は、博物館に所蔵された先住民族遺骨の今後の取り扱いについて、先住民族の共同体の文化や意向を尊重して、返還の要求があればこれに応じる決定を公平かつ透明性をもって行うことです。

 人骨を博物館所蔵品から解除する決定をする際に、博物館はガイダンスに従って倫理原則を考慮することを求められます。

 第1に無害性です。新たな害悪を引き起こすことがあってはなりません。

 第2に信仰の多様性の尊重です。宗教、精神、文化的信仰の多様性を尊重し、寛容であることが求められます。

 第3に学術価値の尊重です。遺骨の学術的価値を人道の観点で考慮しなければなりません。

 第4に連帯です。遺骨に関する協力と合意を通じた人道を促進することです。

 第5に善行です。個人、共同体、そして社会一般に便益を提供することです。

 博物館はガイダンスに従って、遺骨を返還するか否かをケースバイケースで、返還請求者が誰であるかを考慮しながら、決定します。その際、関係者や共同体の文化的宗教的価値や、返還請求者と遺骨の関係を考慮します。遺骨の年代も考慮事項です。遺骨がどのようにして博物館の所蔵となったかの経過も重要です。

 ガイダンスによると、返還要求が出される遺骨の大半が、100年から300年のものということです。欧州列強が世界に進出して先住民族に影響を及ぼした時代のものだからです。ガイダンスによると、例外はあるものの、はるかな過去ゆえに、文化的民族的同一性を明らかにすることが困難なことが判明しています。300年以上前の遺骨に関する返還請求に応じることは困難とも考えられています。500年以上となると、特別な事情がない限り返還は難しいとみられています。

 イギリスの博物館所蔵の遺骨にはエジプト由来のものなどもありますが、実際に返還請求が出されたのは北米、オーストラリア及び太平洋諸島由来の遺骨についてです。

 2004年の人体組織法は遺骨返還の権限を定めていますが、返還決定を行う中央組織(責任官庁)を定めず、最終決定権も明示していません。メディア文化スポーツ省のガイダンスも同様です。返還決定を行う中央組織(責任官庁)が決まっていないため、返還すべき遺骨がどれだけあるのか、その数さえ不明のままです。2009年1月、メディア文化スポーツ省はイギリスにあるアボリジニの遺骨について情報公開を行いましたが、2003年の遺骨作業部会報告書の数字を引用しただけで、最新の調査結果を示すことができません。

 遺骨返還の最終決定が施設側に残されているため、外交圧力や、研究共同体からの圧力に左右されることになります。返還によって遺骨が破壊されるのではないかとの恐れが指摘されることもあるからです。イギリスで最大の遺骨を保有する自然史博物館は2006年に遺骨問題助言独立パネルを設置しました。パネルの勧告によって、自然史博物館はオーストラリア政府が指定した管理者として17のタスマニア・アボリジニ人に遺骨返還することに合意しました。その際、研究共同体の利益とのバランスを図り、収集されたデータについて将来の研究に資することが付されました。タスマニア・アボリジニ委員会はこの決定に同意せず、裁判所に提訴しました。2004年の人体組織法47条に関する初めての裁判ですが、訴訟は最終的に和解に至りました。遺骨はタスマニアに返還されるが、タスマニア・アボリジニ委員会と博物館の共同管理のもとに置かれることになりました。収集されたデータについて将来の研究については保留となっています。

 遺骨返還に関する政府決定と自然史博物館の実施措置は、遺骨返還の可否が先住民族の文化的信念と、学術研究の便益、及び外交圧力のバランスのもとにあることを示しています。

 学術研究の実体が何かが問題となります。植民地主義による植民学や文化人類学が「学問」として成立した時代と、コンピュータを駆使する最先端の現代生理学の間に果たしてどれだけの位相の転換があったのかです。
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