2018年08月17日 1539号

【標的にされる生活保護 基準引き下げに当事者の闘い】

 7月開始のTVドラマに生活保護を扱ったものがある。これまでの描き方からすると、政権が生活保護を標的にしていることにふれることはないだろうが、それだけ注目が集まっている表れだ。

 2012年の総選挙公約で自民党は「生活保護法を抜本改正して不公正なバラマキを阻止し、公平な制度をつくる」と提言し、生活保護費10%削減を明記した。でたらめなネット暴言とほとんど同じだ。

 安倍政権はこの公約を実現するとして、13年に最大10%の生活保護基準引き下げを強行。今年10月からも最大5%の引き下げを狙う。こうした基準引き下げは違憲・違法として、30都道府県で原告1千人以上が「いのちのとりで裁判」に立ち上がった。

政権にとっての不都合

 経済誌『週刊ダイヤモンド』(4月7日号)が、就職氷河期世代(36歳から45歳)が老後に達したとき生活保護費は30兆円を超えるとの試算を載せた(。この世代は非正規雇用が多く、なかでも男性が収入を減らしており、老後に生活保護受給者が増えざるをえないという。試算は生活扶助のみであり、医療扶助や住宅扶助などを含めると数十兆円が上乗せされる。



 17年度の一般会計予算総額が97・5兆円なので、30兆円は衝撃といえる。財務省の研究所発行雑誌による「生活保護費は2050年度には対名目GDP比1・70%まで上昇する」との分析結果もある。今後、生活保護が増えていくことは間違いない。

 こうした動向は安倍政権にとって不都合≠ニなる。財政が生活保護など生活分野に多く振り分けられると、軍事大国化を進められない。生活保護の受給抑制や保護費削減に手をつけるのはそのためだ。生活保護問題が公約に掲げられ、費用削減が進められる背景には大軍拡の意図がある。

体系的攻撃で抑制狙う

 生活保護制度はこれまでに何度も攻撃を受けてきた。最近の攻撃は、執拗かつ体系的な内容となっている。

 12年にタレントの親族の生活保護受給をめぐってマスコミが非難報道を重ねた。受給そのものを悪とするバッシングであり、人権侵害だ。一連の報道は社会に深刻な影響を与え、受給者が「外に出られなくなった」というほどだった。自民党片山さつき議員が国会でこの問題を取り上げ、深刻化させた。そして、自民党は12年総選挙公約で生活保護制度が「不公正なバラマキ」であると断じ、制度そのものの改悪へと踏み出す。

 こうしたバッシングがもたらしたものは、受給をスティグマ=i「恥辱の烙印(らくいん)」、16世紀中ごろのイギリスでは労働を拒む者に烙印をひたいなどに押した歴史があり、貧困にあえいでいても扶助は受けないとの意識が形成された)とする考えの拡大である。自民党はそれをさらに強め、「自己責任論」を強調し、受給抑制を狙った。

 ところが実際には、非正規拡大と高齢化で雇用も収入も不安定となり、生活保護受給者は増え、毎年過去最高を更新した。キャンペーンとスティグマによる受給抑制では限界があり、安倍政権は保護費大幅削減に踏み込んだ。

データ偽装で引き下げ

 12年12月発足の安倍政権は、すぐさま翌年1月、保護基準引き下げを決めた。そのためには「根拠」となるデータがいる。政権の意を汲んだ厚労省は独自の物価指数を使い、4・78%の物価下落を作り出した。通常の方式であれば2・26%の下落であったものを2倍以上にし、大幅な下落率が出てくるように偽装したのだ。それをもとに政府は最大10%の削減を強行した。

 今回の基準見直しでも恣意的な調査が行われている。比較の対象を所得最下位10%の層とし、基準引き下げを導けるようにしたのだ。この層には生活保護基準以下の生活水準の世帯が含まれ、引き下げの名目にできる。生活保護に該当する人たちの80%前後が受給できていないことを問題にすべきなのに、引き下げありきのデータ運用である。

 生活保護増加については、メディアも「非正規労働に頼った企業と、時代にそぐわない福祉制度を放置した政府の『共犯関係』がもたらした」(09年11/4朝日)と指摘する。この「共犯関係」がさらに強まり、生活保護制度の根幹を崩そうとしている。

 攻撃に対し、各地の当事者は「いのちのとりで裁判」をはじめ様々な闘いを挑んでいる。生存権が脅かされる現実に対抗し、憲法の「健康で文化的な最低限度の生活」とは何かを問っているのである。
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