2018年08月17日 1539号

【シネマ観客席/沖縄スパイ戦史/三上智恵、大矢英代監督 2018年 114分/軍隊は住民を利用し、殺す】

 沖縄戦の教訓といえば「軍隊は住民を守らない」。だが、それだけではなかった。軍隊は住民をとことん利用し、作戦の妨げになるとみなせば容赦なく殺すのだ。公開中の映画『沖縄スパイ戦史』(三上智恵、大矢英代監督)は、「軍隊と秘密」をキーワードに、今も変わらぬ戦争国家の本質をえぐり出したドキュメンタリーである。

 米軍基地や訓練場が広がる沖縄本島北部やんばるの森。70数年前、10代半ばの少年たちが日本軍のゲリラ兵としてここで戦っていた。

 部隊の名前を「護郷隊」という。その任務は、主力部隊が壊滅した後もゲリラ戦を継続し、米軍を沖縄に足止めすること。つまり、米軍の「本土上陸」を遅らせることだった。故郷を護る部隊ではなかったのである。

 実際、護郷隊が米軍の通行を妨害するために橋のほとんどを爆破したため、北部に避難しようとしていた人びとは逃げ場を失った。また、「米軍に利用させるな」との命令を受けた少年兵たちは民家に火を放った。生まれ育った村を焼き払ったのだ。

 少年兵の命は軽い。爆薬を抱いて米軍の戦車に飛び込めと命じられた瑞慶山良光さん。「生まれてこなければよかった。それなら死んで親を悲しませることもない」と思ったという。この作戦は米軍に察知され中止に。良光さんは自爆死を免れた。

 だが、戦争は彼の心を壊していた。戦後も「いくさ場の記憶」が甦っては暴れる発作をくり返した。「兵隊幽霊」と呼ばれるようになった良光さんを家族はやむなく座敷牢に閉じ込めたという。

戦争マラリアの背景

 子どもたちをゲリラ兵に仕立てたのは、日本軍のスパイ養成機関「陸軍中野学校」出身の青年将校である。彼らは大本営の命を受け、離島を含む沖縄各地に配属されていた(計42名)。その任務はゲリラ戦の遂行だけではない。住民を日本軍の作戦に協力させると同時に、作戦の妨げにならないように監視する役割も帯びていた。

 日本最南端の有人島・波照間(はてるま)島。ここにも秘密工作員が送り込まれていた。島の学校の青年指導員「山下先生」として。米軍の上陸が近づくと、「山下」は帝国軍人の正体を現し、波照間島の人びとをマラリア発生地帯の西表(いりおもて)島に移住させた。その結果、島民のほとんどが感染し、3分の1が命を落とした。

 強制移住は日本軍のマニュアルどおりの行動だった。避難・保護が目的ではない。住民が米軍の捕虜になり、そこから情報が漏れることを恐れたのだ。山下こと酒井清軍曹は島の有力者にこう語ったという。「日本全体のため、あるいは八重山住民全体のために、波照間は犠牲になっても構わない」

 少数者に犠牲を押しつける権力者の論理。これは現在もまったく同じである。

スパイリストで虐殺

 軍隊は自国民を守るどころか、利用し、疑い、殺した。米軍に追い詰められ、やんばるの村に逃げ込んだ日本兵たちは、住民が投降し米軍に寝返ることを恐れた。そこで住民の「スパイ容疑者リスト」なるものを作成し、上から順番に殺していった。

 リストは地元の人の情報提供によって作られた。敵に内通する者がいれば自分たちが殺される。だからスパイ容疑者は殺してもいい――恐怖と疑心暗鬼が密告を正当化した。隣人が虐殺の協力者となったという残酷な事実。それが集団虐殺の事実を語ることをタブー化した。

 当時18歳の女性もスパイリストに載せられていた。思い当たる節は「勤報隊」として海軍の陣地構築に駆り出されていたことしかない。住民が戦争協力に根こそぎ動員された沖縄では、誰もが「軍の秘密」を知りうる立場にあった。住民すべてが口封じの対象だったのである。

 「本土決戦」がもし行われていたなら…。中野学校の出身者が国内各地のゲリラ部隊を指揮する作戦が立案されていたことがわかっている。沖縄戦の悲劇が全国でくり返されたことは明らかだ。

次の戦争を止める責任

 少年ゲリラ兵、戦争マラリア、スパイリストにもとづく住民虐殺―。これらは沖縄限定の過去の出来事なのか。そうではない。自衛隊法をみると「防衛出動時における物資の収用」など住民の戦争協力を当然視する文言が並んでいる。かつての軍機保護法の現代版というべき特定秘密保護法も成立した。

 沖縄の基地機能強化を進める安倍政権。自衛隊の使用を想定した米軍の新基地を名護につくり、南西諸島にミサイル基地を配置しようとしている。そして、基地建設や自衛隊配備に反対する人びとに対しては「中国のスパイ」「北朝鮮の味方」といった罵声が浴びせられる。これはもう戦争前夜ではないか。

 「次の戦争に向かっているこの日本の間違った道のりをみんなに気づいてもらいたかった」。三上監督はそんな思いで今回の映画に臨んだという。大矢監督は学生時代から世話になった波照間島の古老の言葉を何度も思い出したそうだ。「英代には、学んだ者の責任があるよ。話を聞いた者の責任があるよ」

 そう、私たちには次の戦争を止める責任がある。「基地があると攻撃される」「沖縄戦を忘れると、地獄がまた来る」というおじい、おばあの訴えを無にしてはならない。          (O)

・ポレポレ東中野(東京)、第七藝術劇場(大阪)ほかで上映中。自主上映会の問い合わせ・申し込みは「合同会社東風」まで(03-5919-1542)



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