2018年09月07日 1541号

【憲法25条と生存権―社会保障裁判の息吹 「不断の努力」が憲法を活かす】

 「生きているというかぎりでは生活しているのだが、正確にいえば、その日その日をしのいでいるので、生活をしているのではない」(レーニン『貧農に訴える』)。115年前のこの言葉が現在にも当てはまる。生活保護激増、受給世帯が過去最高という事態はその一例だ。

 憲法第25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と生存権保障を定める。政府は、これは国の立法の指針を示した努力義務に過ぎず、個人が直接請求できる法的権利ではないとする「プログラム規定説」をとってきた。この壁を打ち破り、生存権は「法的権利」と認めさせてきたのは、朝日訴訟をはじめとした数々の社会保障裁判とそれを支援する運動である。

憲法第25条の成立

 米占領下の1946年、GHQ(連合国軍総司令部)案を基に日本政府の憲法案が固められた。政府案には、第25条第2項に該当する条文しかなく、第1項はなかった。では、憲法制定国会となった第90回帝国議会(1946年)でどのような議論を経て導入されたのか。

 衆議院本会議では、自由党(現在の自民党)の北ヤ吉が「人間らしい生活の権利」、社会党の鈴木義男と森戸辰男が生存権、宮城地方党の安部俊吾が「身分保障法、生活保障法の条文」、共産党の野坂参三が「物質的に保障するような条項」と、各政党議員が総じて生存権規定を求めた。

 帝国憲法改正案委員会でも、社会党だけでなく他党他会派からも生存権導入意見が出された。社会党の鈴木義男と森戸辰男は第1項の導入を求めて修正案を出し、議論の結果、社会党案が受け入れられる。

 こうした経緯をもつ第1項の源流は何か。GHQは憲法研究会の憲法草案(資料)を参考にした。憲法研究会は「左翼知識人を中心に保守派をも含む、かなり自由(リベラル)な集まり」(古関彰一『日本国憲法の誕生』)であり、そこに森戸辰男や鈴木安蔵などが参加していた。その憲法研究会案に第1項と同じ内容の規定がある。彼らは、ドイツのワイマール憲法の生存権規定を熟知し、生存権が先進的な権利であることを理解していた。そうして生存権が条文案に盛り込まれたのだ。

 生存権を主張していたのは憲法研究会だけではなかった。社会党、共産党、自由党の憲法案に同様の内容が含まれており、内大臣府御用掛の憲法学者である佐々木惣一の案にも同趣旨のものがある。

 このように広範囲に生存権が語られる底流に、自由民権運動から大正デモクラシーにつながっていく戦前日本の民主主義運動の進展がある。それが帝国憲法のくびきから解放され、噴き出したといっていい。第25条の制定は、日本の民主主義運動が自ら作り上げた歴史的な事業なのだ。

生存権に魂を入れる

 こうして生まれた第25条だが、そこに魂を入れなければ絵に描いた餅になる。1948年、最高裁は「個々の国民は、国家に対して具体的、現実的にかかる権利を有しない」(食糧管理法違反事件大法廷判決)とし、権力者は第25条をあくまで努力義務にとどめておこうとした。

 では、魂はどう入れられたのか。重症結核患者の朝日茂さんが生活保護費では人間らしい療養生活が送れないとして1957年に裁判に踏み切った。裁判では、「2年に1枚の肌着、1年に1枚のパンツ」という非人間的な生活保護(日用品費)の実態が明らかにされ、「人間裁判」と称されるようになる。一審で勝訴し、第25条の法的権利性が認められた。朝日訴訟は、朝日さんのがんばり、弁護団の奮闘、労働運動との連携、そして60年安保闘争との結びつき、という展開をしており、社会運動となっていった。

 朝日訴訟自体は、最高裁では敗訴となったが、得られた成果がその後に続く社会保障裁判に大きな力を与えた。第二波の堀木訴訟、90年代の第三波、第四波として現在に続いている。こうした力が法的権利性を勝ち取った。

 安倍政権は、第25条を努力義務に戻そうとするだけでなく、社会保障解体攻撃で第25条否定=実質的改憲を強行している。憲法を活かすには「不断の努力」(憲法第12条)が必要なのだ。

資料 憲法研究会の憲法草案要綱

国民的権利義務

1、国民は法律の前に平等にして出生又は身分に基づく一切の差別はこれを廃止する。

1、国民の言論学術芸術宗教の自由に妨げるいかなる法令をも発布することを得ず。

1、国民は国民請願国民発案及び国民評決の権利を有す。

1、国民は労働に従事しその労働に対して報酬を受くるの権利を有す。

1、国民は健康にして文化的水準の生活を営む権利を有す。

1、国民は老年疾病その他の事情により労働不能に落ちいたる場合生活を保障さる権利を有す。

1、男女は公的並私的に完全に平等の権利を享有す。

1、民族人種による差別を禁す。

(下線は引用者)
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