2018年09月14日 1542号

【原子力損害賠償制度「見直し」 被害者に賠償不能の措置額放置 原発は全廃するしかない】

 8月6日、原発事故に伴う賠償の仕組みを定めた原子力損害賠償制度の見直しを検討してきた内閣府原子力委員会の原子力損害賠償制度専門部会が報告書最終案をまとめた。その内容を検証してみよう。

被害者救済より経営

 現行の原賠制度の最も大きな矛盾点は、一方で事業者(電力会社)は「無過失責任主義」(過失があっても無くても賠償責任があるとする)で「無限責任」を負いながら、他方で事故に備えて準備する「損害賠償措置額」が話にならないほど貧弱であることだ。賠償措置額は原賠法制定時(1961年)には50億円だった。その後改定され1200億円になったものの全く現実ばなれした額だ。

 原賠法を作る前に、国からの依頼を受けた日本原子力産業会議が原発事故による被害を試算し、3兆7千億円という数字をはじき出していた。それを知った上で国は賠償措置額をわずか50億円と設定した。被害者の救済よりも事業者の経営を優先した結果であることは明らかだ。

 福島原発事故による東電の賠償金支払額の累計は8月末で8兆4千億円に達している。日本経済研究センターは、廃炉費用や除染費用も合わせて最終的には70兆円かかると見積っている。

 原賠制度を見直すなら、何を置いても賠償措置額を大幅に引き上げなければならないはずだ。


低賠償措置額を据え置き

 ところが最終案は、賠償措置額については「国際動向、責任保険の引受能力等を踏まえ、ほぼ10年ごとに必要な法改正が行われている」と傍観者的に記すのみで、額の水準どころか引き上げの必要についてさえ触れていない。

 現行の賠償措置は、原子力損害賠償責任保険契約(民間引き受け)と原子力損害賠償補償契約(対政府)から成る。地震・津波・噴火などの場合は政府が、それ以外は民間損保会社が1200億円を出すことになっており、それで足りない分は国が資金援助する。

 賠償措置額を見直さない理由について文科省は、措置額の引き上げは電力業界にとって「予見可能性が低い」こと(これ以上掛け金が増えると経営上の見通しが立たないという意味)、民間の保険市場の引き受け能力が厳しいことなどをあげたという。

 つまり、電力業界はこれ以上の掛け金は出せない、損保業界はこれ以上保険金額の引き上げはできないということだ。それは被害者への損害賠償責任を果たせないことを意味する。そんな事業者に原発を動かす資格はない。

 現実には、足りない分は原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通じて国が資金援助している。東電に対しては約8兆円にのぼる莫大な税金が支払われており、その額は今後さらに増える。国が用立てた資金は将来的に事業者に請求できる仕組みを盛り込む必要があるが、そういう議論すらされていない。

 一方で、不十分な被害者救済手続きについては現行システムを追認している。原発賠償京都訴訟判決で国の中間指針が認める地域以外についても避難の社会的相当性が認められ、ほとんどの判決で中間指針を上回る賠償額が認められるなど、中間指針の不十分性は裁判で明らかになっている。ところが最終案は、そうした現実の動きを検討もせず、指針を策定した紛争審査会について「東電福島原発事故への対応において十分に機能している」と評価する。

電力会社の負担増回避

 そもそも専門部会には、被害者の代表は誰も入っていない。一方、経団連や損保業界の代表は入っており、オブザーバーとして電気事業連合会の代表が参加している。経団連は事業者の「無限責任」を「有限責任」にすべきと主張したが、さすがに「国民の理解を得ることは困難」とされ、現行どおり「無限責任」を維持することが妥当となった。

 だが、全体として見れば専門部会は、電力業界や原発メーカー、金融機関に負担強化となるような見直しを阻止する役割を果たしていることは明らかだ。

  *   *   *

 現行の原賠制度は出発時から虚構の上に成り立っており、現実に破たんしている。いま求められるのは、この制度を今後発動しないで済む状況をつくる、すなわち再稼働を中止し、原発そのものを全廃することだ。
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