2018年09月14日 1542号

【弱くていい 命それは希望/福島で山内若菜展「牧場 ペガサス―日食月食編―」/描きたい気持ち めらめらと】

 福島原発事故で被曝した牧場を題材に創作を重ねる山内若菜さん。その福島で、7月末から8週間以上にわたる長期の展示を開催中だ。8月25日には原爆の図丸木美術館学芸員の岡村幸宣さんとのトークイベントがあった。

 「牧場 ペガサス―日食月食編―」が開かれているのは、原発事故による地域の分断・崩壊にアートの力で向き合おうと福島市に設立された「ギャラリー・オフグリッド(GOG)」。オフグリッド(=送電線網を利用しない)には、電気に限らず社会の仕組みの網目に絡め取られた私たちの心を解き放ちたいという願いが込められている。

 県庁の南、「福島県再生可能エネルギー合同ビル」3階のGOGの扉を開けると、たちまち山内若菜ワールドが目に飛び込んでくる。右に新作「牧場 日食」「牧場 月食」。左は母の胎内か牛の胃袋の入り口とも見まごう布のトンネルをくぐって360度パノラマの「ペガサス」に通じる。

パノラマに囲まれトーク

 トークイベントは全長17bのパノラマ展示に囲まれて始まった。岡村さんはまず2016年春の丸木美術館での「牧場ー山内若菜展ー」を取り上げ、そこに展示した作品の制作動機を聞く。若菜さんは「放射能の見えない怖さを可視化したかった。市民運動の仲間から『現実はもっと厳しい』と言われて一緒に浪江町や飯舘村の牧場に通い、線量計が振り切れるような高さの中で『無駄な命なんてないんだ』という牧場主の叫びを聞いて、これはどうしても大きく描きたいと思った」。

 今年1月、若菜さんは岡山市の中学校で展示会を開き、「お腹(なか)に自己表現準備ポケットを〜福島の母・牧場とともに〜」のテーマで講演した。「自分は自分でいい」「自分らしさを大切に」の呼びかけを喜んでもらえた反面、「(不死の象徴)ペガサスなんて見えない」「もうちょっと分かりやすく描いて」という声も生徒たちから寄せられた。

 一方、牧場主からは「こんな明るくないんだよ」「真っ暗で希望なんてない」といった感想が返ってくる。岡村さんに「何を軸に表現するの」と問われ、「自分が見たいもの。すごく暗いんだけど、福島の夜は街灯がないぶん星が明るく見える。そういう直感的なものを大切にしたい。自分の内部の叫びに忠実に。最後に描くのは私。ウソがないようにしたい。本当に見えてくるものをしっかり描きたい。命を美しいと思う気持ちを大事にしたい」とかみしめるように答える若菜さん。

 岡村さんは昨年4月刊行した岩波ブックレット『《原爆の図》のある美術館/丸木位里、丸木俊の世界を伝える』の中で、若菜さんを「被災地を丹念に取材して絵を描き続ける画家」の一人として紹介している。トークでも「若菜さんは常に手を動かしている。声をかけられないぐらい一生懸命、夢中で描いている。この人はまず手を動かして描きながら、身体感覚で福島とどうつながれるかを考える人」と印象を語った。

「宿題いっぱいもらった」

 「いろんな新聞社・テレビ局に案内を出したが、反響がない。閑散として、鳥も描いているが、これじゃ閑古鳥」。笑わせながら、若菜さんは「でも、GOGのみなさんとじっくりお話ができた。体験談を聞いていると、めらめらと燃え上がるように、描きたいなぁという気持ちになった」と意気込みを新たにする。飯舘村の牧場主も鑑賞に訪れ、「いやー感動すたよ、わたすは。もっともっと描いて世界に羽ばたいてください」と感想を残したそうだ。

 「命」とタイトルされた若菜さんの詩がある。「…命である限りそれは希望/命はきれいごとではない/いともかろんじられるし/生産性を問われるし/カネ食い虫だし/排泄するし/弱いし/でも/弱い命はダメかしら/…価値があるのは 強い命だけかしら/弱くていいじゃない/命なんだから」

 「福島で展示させてもらえて静かな空間の中で自分の気持ちが続くと感じた。宿題をいっぱいもらった。今後もいっぱい、今まで以上に描いていきたい」。トークを若菜さんはそう締めくくった。

 「月桃の花」歌舞団の公演がきっかけで若菜さんの絵に触れたという福島市渡利在住の女性は「絵心はないけれど、暗い中にも星や光が浮かび上がってきて希望を感じる。近所の人たちを誘ってまた来たい」と話していた。

◆「牧場 ペガサス―日食月食編―」は9月24日(月・祝)まで
*月・火・水 10〜17時
*日・祝 13〜17時
*木・金・土 休館
ギャラリー・オフグリッド
福島市荒町4-7県庁南再エネビル3F 024-572-6006
(福島駅東口から徒歩約15分)



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