2018年09月14日 1542号

【8月の戦争特集番組から/人命軽視と隠蔽体質は今も同じ/新たな戦前に警鐘鳴らす】

 今回は、この夏に放送された戦争関連の報道番組から、特に印象に残った3作品を紹介したい。共通のテーマをあげるとすれば「歴史を直視しない国は同じ過ちをくり返す」。安倍政権の無責任、人命軽視、そして隠蔽(いんぺい)体質は、侵略戦争に突き進んだかつての大日本帝国と同じものだということだ。

隠されたトラウマ

 米国で帰還兵の自殺が社会問題になっているように、戦争にPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神疾患はつきものだ。アジア・太平洋戦争当時の日本も例外ではなかったはずである。ところが、旧日本軍は「戦争神経症患者」の存在を否定してきた。「そんな軟弱者は皇軍には一人もいない」と。

 8月25日放送のETV特集『隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜』は、焼却処分を免れた病床日誌をもとに、公式の戦史から抹消された戦争の傷跡に迫った労作である。

 兵士はなぜ精神を病んだのか。中国・河北省の戦場で全身けいれんなどの発作に襲われた上岡俊夫さん(仮名)。医師は「自己の任務達成の為疲労困憊(こんぱい)。身体の抵抗力衰へ遂に発病したる」と診断している。上岡さんを追い詰めた軍務とは何だったのか。

 それは中国共産党の八路軍を「討伐」するための治安作戦だった。八路軍兵士が隠れているとみなした農村を奇襲し、村人ごと皆殺しにするのである。この作戦に加わった後に上岡さんは発症。医師の問診にこう答えている。

 「6人ばかりの支那人を殺したが、その中12歳の子供を突き殺し可哀想だなと思ったこと。いつまでも頭にこびりつき病変の起こる前には何だかそれが出て来る様な感がする」(病床日誌より)。

 加害行為の罪の意識が兵士の心を壊した。埼玉大学の細渕富夫教授は次のように指摘する。「一農民兵士が出て行くわけで、通常、毎日家族と農耕してた生活の中から突然『人を殺せ』と言われる。そのギャップはものすごく大きいんですよ。一体なんの意味があるのかと。このストレスがヒステリーのある症状として出てくることが多い」

 上岡さんは送還され、千葉県にあった陸軍病院に収容された。戦後、岡山県の郷里に帰ったものの、体調が回復することはなく精神科の病院に入院。そこで亡くなった。39歳の若さだった。

 故郷に帰ることができなかった兵士も多い(未復員と呼ばれた)。60年以上、病院で過ごした者もいる。彼らは戦場の記憶に苛まれながら死んでいった。決して穏やかな死ではなかった。

“駅の子”の闘い

 国が始めた戦争で人生を狂わされた人びと。親を亡くした戦争孤児もそうである。その数およそ12万人。NHKスペシャル『“駅の子”の闘い〜語り始めた戦争孤児〜』(8月12日放送)は、当事者の証言をもとに、国が見て見ぬふりをした戦争孤児の実像を浮かび上がらせた。

 15歳の時、空襲で親を失った金子トミさん(88)。幼いきょうだいを連れ、上野駅の地下道で寝泊まりした。そこには同じ境遇の孤児がたくさんおり、餓死や病死が相次いでいた。しかし、飢えている子らを気にかけてくれる大人はいなかった。「なんで政府はおにぎり一つもくれないのかって。それは思いましたね」(金子さん)

 生きるためには盗みや売春をせざるを得ない。そんな戦争孤児を行政は「治安を乱す存在」とみなし、劣悪な環境の施設に強制収容した。「狩り込み」と呼ばれたように、野良犬同然の扱いだった。

 孤児の大半は現在80歳を超えた。共通するのは「国や大人たちに見捨てられた」との思いである。路上生活をともにした仲間が自殺した小倉勇さん(86)は言う。「俺たちに何の罪があるんだ。大人の責任ですよ。戦争をしたのは大人の責任だ」

 日本政府は空襲被害者などの民間人への補償を拒否してきた。先の通常国会では「空襲被害者救済法」の成立が期待されたが、結局は法案の提出にも至らなかった。前述の金子さんは80歳を過ぎてから清掃のアルバイトをするようになった。空襲被害者への補償要求運動にカンパするためだ。駅の子たちの闘いは終わっていない…。

大量焼却のワケ

 戦争神経症にせよ、戦争孤児にせよ、公的な記録はほとんど残っていない。そのことが記憶の継承や施策の検証を困難にしている。ETV特集が取り上げた「病床日誌」は、軍上層部の焼却命令に納得できなかった軍医たちが密かに保管していたものだ。

 敗戦直前、日本政府は連合国の「戦犯追及」を逃れるために戦時書類の焼却処分を命じた。8月11日放送のTBS『報道特集』は、実際に焼却を実行した人びとの証言を複数紹介している。証拠隠滅を実行したのは行政機関だけではない。新聞社等のメディアでも報道写真の焼却といったかたちで行われた。

 権力者の保身や責任逃れのための証拠隠滅は、現在の安倍政権に通じるものがある。森友学園疑惑をめぐる公文書の改ざんが発覚して以降、経済産業省内では「今後は政治家の発言や省庁間でのやりとりは一切記録に残すな」との指示があったという(8/31東京)。連中は何も反省していないのだ。

 番組に登場したタレントの毒蝮三太夫さん(82歳。自身も空襲被害者)は言う。「改ざん。よくいま平気でやるような時代になった。怖いね」。戦争体験者が鳴らす警鐘を私たちはしっかり受け止めなければならない。   (M)



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