2018年09月28日 1544号

【非国民がやってきた!(290) 土人の時代(41)】

 オーストラリアでは先住民族遺骨返還に関して州ごとに法律が制定されています。クレア・フェカートは、ニューサウスウェールズ州の計画と、クイーンズランド州とヴィクトリア州の法律を簡潔に紹介しています。

 ニューサウスウェールズ州では、アボリジニ遺産の保護に責任を持つ官庁、国立公園・野生生活サービス局がこれまで祖先の遺骨を含む文化財の移動について管轄を有しています。約30年の実務において、国立公園・野生生活サービス局が遺骨を含む膨大な文化財を収集してきました。2002年に政府が示した返還計画を通じて、これらの収集品の返還が行われてきました。返還計画は2002年に策定されましたが、多くの返還事例が記録・報告されていません。ウェブサイトには、アボリジニ共同体が文化財の管理・返還を求める方法が掲示されています。実際に30以上の遺骨の返還が実現しました。

 クイーンズランド州政府は2003年、アボリジニ文化遺産法とトーレス諸島文化遺産法を制定しました。文化遺産法と総称されます。アボリジニ文化遺産法の目的は、アボリジニ文化遺産の実効的な承認、保護、保存です。先住民族が文化遺産の保存者であり担い手であること、人骨や聖物などの所有者であることを認めました。文化遺産法はアボリジニやトーレス諸島人が人骨と伝統的又は親族的な結びつきを有し、現在の所有者が誰であろうと遺骨に関する所有権を有するとしました。アボリジニやトーレス諸島人が人骨と伝統的又は親族的な結びつきを有するアボリジニは人骨の所有者となります。州が保管している人骨について、所有者から返還請求があれば、できる限りその要請に応じなければなりません。

 ヴィクトリア州政府は2006年、アボリジニ遺産法を制定し、人骨の返還を定めました。人骨の所有者メンバーによるアボリジニ遺産委員会を設置し、遺産委員会が遺産の保護について助言することにしました。登録されたアボリジニ当事者が文化遺産協定を結び、返還交渉を行います。所有権についてはクイーンズランド州と同様に、法律施行日の所有者が誰であろうと、伝統的又は親族的結びつきを有するアボリジニに所有権を認めました。

 フェカートは最後に次のようにまとめています。オーストラリア各地で博物館から先住民族共同体に多くの返還がなされてきました。先住民族共同体からの文化的に重要な要請があったのに応じたことと、文化財を返還する博物館の厳格な政策があったからです。ニューサウスウェールズ州では2009年現在で進行中の案件もあります。その他の州の返還計画の実施は、返還要請への応答と、厳格な政策があって実現したものです。

 以上紹介してきた通り、オーストラリアにおける先住民族遺骨の返還問題は三層のレベルで動いてきました。第1に、海外における遺骨について、オーストラリア政府がイギリス政府に返還交渉を行いました。第2に、オーストラリア政府が博物館及び先住民族の共同体と協力して、「先住民族文化財返還計画」を策定しました。第3に、クイーンズランド州やヴィクトリア州のように、州レベルで計画や法律によって返還事業が進められました。このように異なるレベルでの動きが錯綜したため、オーストラリアにおける先住民族遺骨返還事業の全体像は必ずしも明らかではないようです。

 これまでアメリカ、イギリス、オーストラリアの先住民族遺骨返還の状況を紹介してきました。さらにカナダ、ニュージーランド、南アフリカなどでも同様の問題が生じ、議論が続いています。次回はカナダについて調査して紹介しようと考えています。

 とりあえずアメリカ、イギリス、オーストラリアの事例についてみると、第1に、1980〜90年代頃から先住民族の権利運動の進展に伴って、遺骨返還要求運動が始まりました。ただ、例えば国連人権委員会の先住民族作業部会においてどのような議論がなされたのかまでは明らかにしえていません。

 第2に、政府や博物館の側でも、先住民族の要求に応じて検討を開始し、自主的に又は法律に基づいて遺骨や聖物の保管状況の調査が実施されました。

 第3に、2000年前後を契機に、遺骨の正当な所有者と確認された先住民族共同体に対する返還事業が実施され、実際に多くの遺骨が返還されました。

 第4に、返還決定に至る議論の経過も十分明らかではありません。特に植民地主義についていかなる議論がなされたのか、学問の歴史と現在をどのように反省したのか必ずしも明らかでありません。今後の調査課題です。
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