2018年10月12日 1546号

【どくしょ室/「働き方改革」の嘘 誰が得をして、誰が苦しむのか/ 久原穏著 集英社新書 本体840円+税/経産省主導の雇用破壊】

 本書は、前通常国会で、「残業代ゼロ制度」と言われる「高度プロフェッショナル制度」の創設を強行した「働き方改革」の問題点を暴いたものである。

 著者は、「ポスト真実」にだまされてはいけないと主張する。「ポスト真実」とは、改革の根拠となる事実(エビデンス=証拠)を示すことなく、嘘やごまかしを通じて都合のいい世論形成を進めるためのものだ。

 「裁量労働制の労働時間は、一般労働者よりも短い」と安倍首相は国会で答弁した。裁量労働制の対象拡大が長時間労働解消にも役立つとする「ポスト真実」。だが、厚労省データのねつ造が明るみに出て、撤回せざるを得なくなった。

 裁量労働制拡大を撤回した安倍は「高プロ」制度導入だけは死守したかった。かつて、「ホワイトカラーエグゼンプション制度」の導入が労働界をはじめ国民の猛反発を受け失敗したからだ。そのために連合会長を官邸に呼び、「高プロで長時間労働が拡大しかねない。働く人の健康確保のための修正を」との発言を引き出す。労働者側も「高プロに反対していない」という「ポスト真実」を広めた。この「条件付き容認」発言には、連合内部や過労死家族からも批判が噴出し、撤回されるが、法案はそのまま強行採決された。

 「働き方改革」でうたわれた、長時間労働是正、同一労働同一賃金、非正規の処遇改善、子育て・介護と仕事の両立などは、労働者が要求してきた内容だ。それがいつの間にか政権のキャッチフレーズに利用され、中身は要求と全く違うものに姿を変えている。これこそ「ポスト真実」と著者は述べる。

 「残業時間の上限を初めて設けた」と言いながら過労死ラインの「月100時間残業」を合法化したこと、「同一労働同一賃金」と言いながら「実態の違い」を理由に差別賃金を合法化したことなど、「財界のための働かせ方改革」と筆者は指摘する。高プロについて政府は「高年収、高度な専門職に限られている」としているが、榊原前経団連会長は「年収要件を緩和し、対象職種も広げて全労働者の10%程度にしないと実効性がない」と語っている。財界の本音は労働時間規制の撤廃に他ならない。

 筆者は「働き方改革の陰の主役は経産省」と言う。経産省が推奨する「兼業・副業」「雇用関係によらないフリーランサー」などの「新たな働き方」。それは、企業が雇用の責任を持たなくてよい使い捨ての労働者を増やすものと批判する。

 「世界で一番企業が活躍できる国」をめざす安倍は、今後も財界の要求に応え労働法制の規制緩和を進めようとしている。筆者は「重要なのはこれからだ。嘘やごまかし、フェイクニュースが拡散される世の中にはエビデンスと論理で対抗し、目を開き、声を上げよう」と訴えている。  (N)
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