2018年10月26日 1548号

【どくしょ室/【増補版】沸点 ソウル・オン・ザ・ストリート/チェ・ギュソク作 加藤直樹訳 ころから 本体1700円+税/一人の一歩が社会を変える】

 韓国映画『1987、ある闘いの真実』の日本公開に合わせ、チェ・ギュソク作の韓国漫画『沸点(原題「100℃」)』が注目を集めている。

 主人公のヨンホは反共教育を受けて育った優等生。だが、入学した大学で知った光州事件の真実に衝撃を受け、民主化運動に飛び込んでいく。ヨンホの母親のオクプンは息子の逮捕に動揺するが、救援運動に携わる中で変化し、闘いの前面に出るようになる。

 そして1987年1月。ヨンホと親しかったジョンチョルが警察の拷問で殺される。軍事独裁政権に対する人びとの怒りは沸点に達しようとしていた…。

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 この作品は「若者たちに80年代の民主化運動の記憶を継承したい」という運動団体の依頼を受けて描かれたもの。2008年にネット公開されると大きな反響を呼び、翌年に書籍化された。日本では2016年に翻訳・出版された。実際の出来事(朴鍾哲拷問死事件)をドラマに織り込んでいく手法は映画『1987〜』と同じである。

 漫画研究者のキム・ナクホは、『沸点』を「過程のディティール」の物語だと評価している。「水が100℃になって沸騰し始める瞬間の感動よりも、そう簡単には沸騰させない様々な現実」の描写が優れているというのだ。

 獄中のヨンホに活動家が語るように、世の中の温度は計器で測ることができない。社会変革の運動は「今が99℃だ」と信じた闘いのくり返しだ。先が見えないこともあるだろう。だが、その時が来れば必ず沸騰することは歴史が証明している。87年の民主抗争、そして2016年のろうそく革命がそうだった。

 印象的な場面がある。ジョンチョルの拷問死を伝えるニュース番組を食堂で見ていた学生とサラリーマンが言い争う。「何もしなかった奴に哀悼なんてしてほしくない」。そう言う学生をヨンホの兄ヨンジンが諭す。「怒り悲しむ資格は闘っている人にしかないのですか? 一緒に悲しんでいる人まで否定して何がしたいのですか」

 「あいつらはダメ」と民衆を見下すようでは社会の分断を助長し、支配層を喜ばせるだけ。登場人物の一人が語るように「1人の10歩より10人の1歩」が大切なのだ(日本の場合、「上から目線」を自戒すべきはおじさん世代だと思うが)。

 世の中は一人ひとりの小さな変化の連鎖反応で変わっていく。『沸点』が日本の読者に伝えるメッセージはここにある。

(O)
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