2019年01月04・11日 1558号

【元NHK記者が告発本/森友スクープに隠蔽圧力/報道を歪める「アベ様のNHK」】

 「記者が黙った。国が壊れた」―。これは前々号で紹介した韓国映画『共犯者たち』のキャッチコピーだ。政府による報道支配は民主主義を破壊するという意味だが、日本の現状は韓国よりも深刻といえる。NHKを筆頭に安倍政権の自動忖度(そんたく)マシンと化し、政権に都合の悪いニュースを自ら進んで「なかったこと」にしているのだから。

報道局長が激怒

 森友学園問題でスクープを連発したNHK大阪の記者が2018年8月に退職した。不可解な人事で記者職からの異動を命じられたからである。なぜ敏腕記者が辞めざるを得なかったのか。NHKの内部で何が起きていたのか。

 この度、当事者による告発本が出版された。相澤冬樹著『安倍官邸VS.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由(わけ)』(文藝春秋)である。安倍官邸への過剰忖度がNHKの報道を歪めている実態を著者は赤裸々に綴っている。

 たとえば、NHK各局の報道部門を束ねる小池英夫報道局長(当時)が著者のスクープに怒り、「将来はないと思え」と言い放った一件だ。そのニュースとは、近畿財務局が国有地の売却にあたり、森友学園に「いくらまでなら支払い可能か」と聞いていたというもの(実際に、その金額以下で売却された)。「事前交渉は一切ない」と主張していた財務省のウソを暴く特ダネである。ところが…。

 「その日(放送当日/2017年7月25日)の夜、異変が起きた。小池報道局長が大阪のA報道部長の携帯に直接電話してきたのだ。(中略)報道局長の声は、(すぐ横にいた)私にも聞こえるほどの大きさだ。『私は聞いてない』『なぜ出したんだ』という怒りの声」

 安倍官邸中枢と通じる小池報道局長は放送内容への細かい指示を連発。その度に報道局内では「またKアラートか(Kは小池の頭文字)。官邸に何か言われたに違いない」とささやかれていた。著者は報道局長にスクープが握りつぶされることを懸念し、東京社会部と相談して放送にこぎつけたのだった。

特ダネなのに一番最後

 8億円値引きの根拠とされたゴミ撤去費用をめぐり、財務省が「トラック何千台も使ってゴミを撤去したと言ってほしい」と森友側に求めていた事実も、あわや報道されないところだった。

 理財局職員が森友側に虚偽証言を電話で依頼したのは2017年2月20日。3日には安倍晋三首相が国会で「私や妻が関与していれば、総理大臣も国会議員も辞める」と答弁していた。首相発言が隠蔽工作の発端だったことを裏付けるビッグニュース。それなのに、いやそれゆえか、放送での扱いは小さかった。

 もともとは『クローズアップ現代+』からの依頼で著者が発掘した新事実なのに、同番組では放送されなかった。夜7時のニュースでは放送順を一番最後に回され、その日の暑さのニュースよりも目立たないような扱いだった。

 そもそもNHKの森友報道は忖度で始まったと著者は言う。本書では森友問題の第一報をめぐる2本の放送原稿が紹介されている。まず、木村真・豊中市議の告発会見を取材した著者による元原稿。そして、当時の司法担当デスクが書き直した完成原稿である。

 前者は、森友学園の小学校の名誉校長に安倍昭恵首相夫人が就任している事実を冒頭で押さえている。このニュースの肝なのだから当然だろう。だが、デスクが直した原稿では首相夫人に関する記述が本文の最後に下げられ、地の文章ではなくなった。

 デスクはこんな釈明をした。「この時点で昭恵夫人の名前をリードから出すのはちょっと……木村市議が語った言葉にすれば、差し支えないかと……」。しかもこのニュースは関西でしか放送されなかった。デスクいわく「東京に相談したんですが、『いらない』と言うので……」

 この段階でNHK上層部の指示はない。官邸からの圧力もまだないはずだ。そうした必要ないほど、報道の現場は委縮しているということだろう。安倍政権に都合の悪いニュースは現場の判断で「なかったこと」にされる、あるいは「わかりにくい」内容に改変される―。まさに自動服従装置。究極の支配形態というほかない。

安倍流忖度(そんたく)支配

 安倍首相とNHKといえば、日本軍「慰安婦」問題をめぐる番組改編事件(2001年1月)を思い出す。当時、官房副長官だった安倍は首相官邸に呼び出したNHK幹部に「勘ぐれ」と迫ったという。「俺の意図を察して動け」的な、いやらしい手口だ。

 あれから10数年。NHKは安倍政権の情報操作に進んで加担する“アベちゃんねる”になりはてた。首相お気に入りの記者がテレビに登場し、政権擁護の「解説」を露骨に行う様は、独裁国家の国営放送を思わせる。

   *  *  *

 NHKは告発本の出版に対し「虚偽の記述が随所に見られる上、未放送原稿を規則に反して持ち出した」と批判している。もっとも、どこが虚偽記述にあたるのか、具体的な説明はない。正面から真偽を争い、ボロが出ることを避けるためだろう。

 著者の相澤記者は関西ローカル紙の大阪日日新聞に再就職した。森友問題の謎を解明すべく、現役記者として取材を続けると意気軒高だ。残念ながら、権力の圧力に屈しないジャーナリストは今の日本では絶滅危惧種となっている。だからこそ市民の支援・連帯が必要なのだ。 (M)



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