2019年01月18日 1559号

【福島原発刑事訴訟 検察官役指定弁護士の論告(要旨)】

 福島原発事故で業務上過失致死傷罪に問われている東京電力旧経営陣3人に対し、12月26日の第35回公判で検察官役の指定弁護士は次の通り論告(要旨)を行い、禁錮5年を求刑した。(4〜5面に関連記事

■はじめに

 被告人質問で3人は裁判官に向かって頭を下げたが、その後に発せられたのは、事故の責任を否定し、他者に責任を転嫁しようとする供述ばかりだった。原発の安全保全を重要な責務とする原子力事業者の最高経営層の態度とは到底考えられない。

 できることがあったのに何もせず、漫然と原発の運転を継続することで事故を引き起こし、多くの人々を死に至らせ、負傷させ、塗炭の苦しみを強いた。

 われわれ5人の指定弁護士は、東京地検が集めた証拠を精査し、福島第一原発の見分等を行った。得た結論は、検察審査会における法律家ではない皆さんの判断はきわめて常識的で正鵠(せいこく)を射ており、当初の不起訴の判断は全くの誤りだったということだ。

 過失責任を問うキーワードが「情報収集義務」だ。

■被告の立場と情報収集義務

 東電の最高経営層として、原発の安全を確保すべき最終的な義務と責任を負う地位にあった。取締役就任中は「常務会」「取締役会」の構成員として、業務執行の最終意思決定に関与していた。

 原発の安全に関する具体的情報をつねに収集し、万が一にも事故が起きないよう、万全の対策を講じる義務があった。収集した情報に基づく義務を果たしていれば、10bを超える津波の襲来は予見でき、その対策を講じることは可能だった。

■土木調査グループの活動

 東電の中越沖地震対策センター土木調査グループは、国の地震調査研究推進本部が02年に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価」に基づき、子会社に解析を委託。10bを超える津波襲来の可能性が判明し、防潮堤の設置などの津波対策工事の必要性を武藤被告らに進言した。

■長期評価の信頼性

 地震本部は阪神大震災を機に文部科学省に設置された。地震の発生確率や規模を推定し、統一的見解を公表する役割を負う国の機関は地震本部だけだ。

 長期評価は多数の専門家が議論し、異論を検討した上でまとめられた。科学的裏付けがあり、津波対策に取り込むだけの信頼性があった。

■結果回避可能性

 原発の運転が人の生命に重大な危害を及ぼす危険があることを真剣に考え、安全性を第一に考えて運転停止の措置を講じていれば、事故は回避できた。

■被告らの過失責任

 武藤被告は08年7月31日、土木調査グループの進言を「研究しようじゃないか」の一言で一蹴し、津波対策工事の議論を封じ込めた。多額の資金を使いたくない、福島第一原発を停止したくないという経営判断があったことは疑いない。

 武黒被告も「専門家集団に検討してもらうのは当然のこと」と考え、津波対策工事を直ちに行う必要はないと即断した。

 勝俣被告は09年2月11日の「中越沖地震対応打合せ」(通称「御前会議」)で、巨大津波襲来の可能性を担当部長から聞いたが、何らの対処もしなかった。

■情状

 避難を余儀なくされ、長時間にわたる過酷な搬送の中で命を失った被害者の苦しみ、無念さはあまりに大きい。3人の犯情は業務上過失致死傷罪の中でもきわめて重い。

 被告らは「やるべきことはやってきた」と何ら反省の態度を示していない。有利に斟酌(しんしゃく)すべき事情は何一つない。

 3人の責任の大きさに差をつける事情もない。
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