2019年02月08日 1562号

【非国民がやってきた!(299) 土人の時代(50)】

 松島泰勝著『琉球 奪われた骨』「序章 帝国日本の骨」は、大日本帝国時代の学問が、いかなる動機と「理論」に基づいて、北海道、琉球、台湾など各地の住民の骨の収集(盗掘、盗骨)に邁進したかを検証します。

 骨の収集は、いつの時代にも、どこでも行われたわけではありません。特定の時代に特定の地域で、特定の目的をもって、特定の人々の骨が収集されました。その動機や「理論」をきちんと確認する必要があります。

 骨の収集は一部の研究者による趣味や骨董の問題ではありません。形質人類学という名において行われていますが、「学問」でありつつも、特定のイデオロギーに基づいた政治的行為でした。

 松島は、京都大学所蔵の「清野コレクション」を形成した清野謙次の植民地主義を一つ一つていねいに確認します。

 「清野が考える『大東亜共栄圏』は、以下のような内容のものであった。大東亜共栄圏には日本人の外に、『支那』、『印度支那』、赤道諸島、豪州、南太平洋にかけて、数百種、あるいはそれ以上の多数『人種』が存在し、各『人種』にはそれぞれ特徴がある。これらの『人種』は相関連して一環を成し、それぞれの特徴をもって他『人種』の足りない所を補い、共存共栄の実を挙げなければならない。文化発達の程度から言っても、これらの『人種』間には種々な段階があり、その能力にも差がある。しかし適材を適所に置いて、その能力を発揮させるのが大東亜共栄圏を開発する上で有効な方法となる。そのためには、『優良民族』に保護を加えて、その人口を増加させて、開発を促進させるべきである。『優良民族』は体力が優秀であり、気質も良く、文化も相当に高くなければならない。民族政策としては適材を適所に置き、その人口の増殖については特に配慮し、大東亜共栄圏の開発について計画を樹立する必要がある。共栄圏の中には『人種』間の階層があり、『適材適所』に人々を配置し、共栄圏の開発のための『民族政策』の策定において人類学の役割は不可欠であると考えていた。」

 いくつか確認しておきましょう。

 第1に、大東亜共栄圏とは、1940年代の大日本帝国のイデオロギーであり、大東亜戦争という侵略戦争を推進した政治スローガンです。国体を中核に、天皇が統治する日本が中心となって東アジアの政治経済秩序を再編成するという戦争目的の表現です。清野の学問においては、政治目的そのものが学問の目的と矛盾なく合致しています。当時の日本の諸学問に共通の特徴です。

 第2に、大東亜共栄圏は対外的な侵略のイデオロギーにとどまらず、その内部に「階層」を作り出します。「五族協和」というスローガンに見られるように、日本民族(大和民族)を頂点にした諸民族の階層が設定されます。

 第3に、それゆえ必然的に「優良民族」と「劣等民族」、「支配する民族」と「支配される民族」の分断と格差が全面化します。日本民族が周辺諸民族を巻き込み、支配する正統性が打ち出されます。それを学問的に裏付けるために形質人類学が縦横無尽の働きをすることになります。

 第4に、「適材適所」のように、一見すると「合理的」な考えがちりばめられていますが、これは外見にとどまります。「適材適所」と言っても、誰が「適材適所」と判断するのかをみれば、常にあらかじめ日本民族が指導することになっているからです。文化や体力やその他の能力には「発達段階」論が適用されます。もちろん日本民族が先頭に立って指導することがあらかじめ決まっています。

 第5に、「優良民族」論はおのずと「劣等民族」を作り出し、差別するだけでなく、「民族改良」論を引き出すことになります。民族の外部では民族間の比較による差別政策が展開しますが、他方、民族内部にも「優良・劣等」の尺度が持ち込まれます。かくして徹頭徹尾、差別的な階層秩序が世界に充満することになります。この社会では、あらゆる差別なしに人々の生存も生活もあり得ません。鴻毛の一本一本に至るまで鮮やかに差別が刻み込まれます。差別の軸線に沿って社会工学が構築され、社会改良が目指されます。
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