2019年03月01日 1565号

【どくしょ室/日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実/吉田裕著 中公新書 本体820円+税/日本軍は元祖ブラック企業】

 「新書大賞2019」の受賞作。出版から1年で発行部数は18万部を超え、アジア・太平洋戦争を学術的に検証した書籍としては異例のヒット作となった。

 本書の特徴は「兵士の目線・立ち位置」から凄惨な戦場の現実に迫っていること、そして「帝国陸海軍」の軍事的特性が「現場」で戦う兵士たちにどのような負荷をかけたのかを解明しようとした点にある。

 全体状況として指摘できるのは戦病死者が異常に多いことである。ある部隊の記録によると、1944年以降の戦病死率は7割を超え、戦闘死よりはるかに多かった。餓死も多発した。補給路が完全に遮断されているのに作戦を継続した結果、深刻な食糧不足が発生。兵士たちは飢えと病気で死んでいった。

 自殺者も多かった。だが、軍上層部が「軍隊生活の改善」を真剣に検討したふしはない。自殺の原因を個人の資質に還元し、強力なる軍隊を作るためには「多少の落後者、犠牲者」が出るのは仕方ないとの発想が幅を利かせていたからだ。

 著者は日本軍兵士の置かれた状況を細かく描写している。「痛い、重い、苦しいなどの身体的感覚」を通して戦場のリアルを読者に感じさせるためだ。たとえば歯痛の問題だ。歯磨きをする余裕すらない戦場では虫歯や歯周病が蔓延しやすいが、日本軍はほとんど無策であった(欧米諸国の軍隊とは対照的)。前線の野戦病院に歯科医が配属されることはなかった。

 また、輸送手段の機械化(自動車の導入)が遅れたため、歩兵は体重の半分を優に超える重さの装備を背負って行軍することが常だった。「激しい戦闘よりも、行軍による体力・気力・戦意の消耗がひどかった」と回想する元兵士は多い。

 軍靴ひとつとっても物資欠乏により牛革製は早々に枯渇。最後は鮫(さめ)皮の軍靴まで登場した(それすら戦闘用で、普段は裸足か草鞋(わらじ)履きという部隊も少なくなかった)。欧米の軍隊のような休暇・交替制度もない。「疲労回復」目的で覚せい剤を投与され続けたため、深刻な副作用や中毒症状に苦しんだ者は大勢いる。

 そもそも後発の資本主義国である日本に総力戦を行う国力はなかった。ところが日本軍首脳部は現実に目をつぶり、「日本軍の精神的優位性」をことさら強調した。一例をあげると、大本営陸軍部は『これだけ読めば戦は勝てる』という小冊子を作成し、約40万人の将兵に配布したという。内容ペラペラの「日本スゴイ本」を読ませて、戦場に送り込むとは…。怒りを通り越して情けない。

 人間を消耗品扱いする態度、精神主義の横行、都合の悪い情報の隠蔽(いんぺい)と歪曲―。日本を破滅させた旧日本軍の体質はブラック企業がはびこる現在の日本社会にも受け継がれている。本書が多くの人びとの共感を得た理由はここにある。(O)
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