2019年04月26日 1573号

【尊厳ある“看取(みと)り”のために/実践を重ねる小規模介護施設/自治体の補助も始まった/東京・下町】

 増え続ける認知症、孤立化するお年寄り―尊厳ある暮らしの保障へ、小規模介護施設が実践を積み重ねている。4月半ば、東京・下町の住宅型有料老人ホームを訪ねた。

 「自宅で生活を継続できなくなった方がたがこれまで通り自分らしく生活を送り、『もう一つのわが家』と思ってもらえれば」と語るのは、施設代表の佐藤明子さん。民家を利用した定員10人の老人ホームを運営している。

 がんや認知症の介護度が比較的重い人たちを受け入れ、清掃や洗濯、調理、買い物など日常生活を支える。食事・入浴・排泄の世話もする。介護が必要な場合はケアマネージャーに相談し、ホームヘルパーの派遣や医療機関と連携した定期的な訪問看護を行う。

 施設作りは、高齢の両親を東京に呼び寄せ介護し始めたことが出発点。父親はパーキンソン病を患ってグループホームから出され、特養老人ホームにも入れない。母親も脳腫瘍による認知症状で病院へ。「歩き回られては困ると体じゅう鈴を付けられた。夜中トイレに行くときも鈴が鳴る。周囲から怒られ、肩身の狭い生活だった」

 解放してあげたいと引き取ったが、いざ同居すると子どもが祖母の病気を理解できず、つらい思いをさせてしまう。行きづまったとき『「かあさんの家」の作り方』(市原美穂著)に出会い、著者が営む宮崎市のホームホスピスに飛んだ。がんや認知症を抱え行き場のない人、独り暮らしのお年寄りがともに暮らし、最期を迎えるまでケアされていた。「私も仕事ができ、利用者も生き生きしている。これだ」と目からウロコが落ちた。

 佐藤さんはサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)で事務兼ヘルパーの仕事をしていた。同施設から「敬遠」された単身のNさんの希望を受け入れ、個人契約の形で自宅の一室に。「住宅型有料老人ホームの開設に特に厳しい条件はなく、家族が増えたみたいな感じで自然に運営し始めた」。行政の補助は一銭もなく、赤字は続いたが。

 Nさんと共有したのは、大規模施設での不合理な処遇への疑問だ。元小学校教員で東京都サッカーリーグ創設にも尽力した活発なNさん。人工透析以外に特段の問題はないのに、デイサービスの内容などを勝手に決められ、外出もままならない。「広くて立派な施設だが自由がない。ここは牢屋だ」と、うつ状態に。しかし、佐藤さん宅に移ってからは「ずっと元気で、サッカー観戦に旅行に、ととてもアクティブだった。終(つい)の棲家(すみか)が見つかり安心した、と」。

 一昨年末、透析中に容態が急変する。かけつけた佐藤さんに「ペロッて舌を出しておどけた顔をした。それが最期の意思の疎通だった」。そんなNさんを「面倒くさいじいさんを連れて行ってくれ、感謝」と突き放したサ高住運営会社に、佐藤さんの怒りは大きい。

 認知症でがん末期、余命数か月と言われた女性を受け入れた。便秘がひどく、訪問看護師が無理やり排便させようとすると大混乱。「“尊厳”はここまで踏みにじられている。訪問看護師は交代してもらった。夜中でもトイレに行きやすいようベッドをやめ、環境を整えたことで女性は落ち着き、スタッフを『どうぞ座って』と迎え、いっぱい話し、『私は何ともないよ』といつも笑顔に」。毎週訪問に来る家族は「認知症になり、母親として接するのはもう不可能だと思っていたが、ここでの様子を見て、残りわずかとはいえ、この時間を過ごせていることがどれだけありがたいことか。救われる」と喜んでくれた。

 認知症患者の受け入れは精神科空き病床を埋めるため増加し、入院は約5万3000人に上る(2012年)。大規模施設では症状の進行が避けられないが、負担の大きい家族の要望と経営上の必要性とが合致して逆に地域における家庭的な支えのシステム作りを遅らせる要因になっている。

 大規模施設が補助金付きでどんどん作られ、自治体は「空きがある状況で新たな設置は必要ない」との見解を長らく示してきた。だが、ようやく小規模有料老人ホームの意義が見直され、新設に1000万円上限の建築費・設備費・備品の補助金が認められる。佐藤さんは“ホームピア”設置に動いた。「補助は受けられたが、消防法でスプリンクラー設置が義務付けられ、約500万円の経費がかかる。補助金は約300万円で、あとは持ち出し」。課題は残る。高齢者社会にあって、行政は地域に根づいた小規模施設を率先して援助し発展させなければならない。

 「やりがいがある。自分の居場所を見つけた」と27歳の男性職員は明るく話す。「(若造が、と)初めは相手にしてくれなかった利用者が、謙虚に対応していく中で、声かけをしてくれるようになった。『ここだけの話』と打ち明け話も。役立てる人間になったのかと自信が出てきた」

 佐藤さんは「こうした施設は、空家利用や自宅改修で地域にいくつも作れる可能性がある。利用者がその間を行き来して近所付き合いすれば、行動範囲もコミュニティーも広がる。うちでは70歳の方も短時間働いている。高齢者のやりがいのある雇用にもつながる」と目を輝かせる。男性職員は「個人的な犠牲(赤字経営)でやってきた佐藤さんはすごいが、補助金が出るようになれば私も遠慮なく給料がもらえる。精神保健福祉士の資格をとり、私も施設を運営できるようになれば」と夢を語った。

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