2019年05月17日 1575号

【象徴天皇制と国民統合/「おことば」マジックで一体感を偽装/支配の安定を保つ権力装置】

 「国民に寄り添う」スタイルの継承を表明した新天皇。メディアはこれを象徴天皇制や「国民統合」の理想のかたちと讃えている。実際のところ、支配層は現代の天皇制に何を期待しているのか。即位祝賀ムードに流されないために確認しておきたい。

「平成は平和」に誘導

 「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望いたします」。徳仁(なるひと)新天皇は即位後初の「おことば」でこう語った。

 「日本国及び日本国民統合の象徴」とは何か。言うまでもなく、天皇は一切の政治的権能を有しない。憲法学的には「天皇はすでに存在している国民統合の実態を消極的・受身的に反映するにすぎず、すでにある統合体にはなんの影響も与えないものとするものである」(横田耕一「象徴天皇制の憲法論」)と解釈するのが妥当であろう。

 しかし、現実の天皇(制)は能動的な国民統合作用として機能している。存在自体が高度な政治性を帯びているのだ。すなわち「天皇はけっして現にある国家と国民の状態をいわば『鏡』のごとく受動的に反映しているのではなく、いつもわれわれの意識や感情や行為を天皇自身へと向けさせ、それを通してわれわれを国家へと糾合する」(『統一の理論』88年5月号所収、由木操論文)のである。

 実例をあげよう。明仁前天皇(現上皇)は2月24日に行われた在位30周年記念式典でこう述べた。「平成の30年間、日本は国民の平和を希求する強い意志に支えられ、近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちました」

 作家の真山仁はこれを「誰もが抱いた『平成はどうしようもなく、ダメな時代だった』という諦観を一気に吹き飛ばす、迫力あるポジティブな『おことば』だった」(4/27朝日)と評している。

 実際、天皇発言をきっかけに「平和な時代」が「平成」を語るキーワードとして定着した。メディアが拾う「街の声」は「平成は戦争のないすばらしい時代だった」「令和も平和が続いてほしい」といったものばかり。極め付きは、ビートたけしが「天皇即位30年感謝の集い」(4/10)で述べた祝辞である。

 いわく「平成という時代に感謝いたします。ずっと国民に寄り添っていただける天皇、皇后両陛下のいらっしゃる日本という国に生を受けたことを幸せに思います」。毒舌が売りのタレントから「模範解答」を引き出した天皇の「おことば」。その威力を見くびってはならない。

社会の分断を隠す

 普通に考えれば、「平成」を「平和な時代」と総括することには無理がある。戦争に明け暮れた「昭和」前半とは違い、日本国内が戦火に包まれるようなことなかったが、憲法上の制約が段階的に突破にされ自衛隊の海外派兵が常態化した。そのうえ自衛隊と米軍の一体化が進み、いつでもどこへでも派兵できる体制に近づいた。

 つまり「平成」の時代は戦争の準備が着々と進んだ30年であった。人びとが「平和で良かったね」と思考停止してしまい、現実を見なくなって誰が喜ぶのか。戦争国家づくりに邁進(まいしん)する安倍政権であることは言うまでもない。

 そもそも、戦争がなければ平和なのか。「平成の30年」は新自由主義「改革」が猛威を振るい、社会の分断が広がった時代である。グローバル資本や一握りの富裕層が肥え太る一方、膨大な貧困層が形成された。生活悪化にあえぐ人びとにとっては「感謝」どころではないはずだ。

 階層社会研究を専門とする佐藤俊樹・東大教授は「経済成長が続くことを前提として社会を統合するという戦後政治の想定は崩れ、憲法によって保たれる社会秩序に『空白』が生じた。それを埋めたのが平成の天皇だった」(5/2朝日)とみる。

 過大評価とみる向きもあるだろう。しかし、天皇代替わりにともなう「平成ありがとう」キャンペーンは、多くの人びとに分断社会の残酷な現実をしばし忘れさせ、「日本人でよかった」式の一体感幻想を抱かせたといえる。

 そのような芸当ができる政治家はまずいない。安倍晋三首相が「平成は平和な時代でした」とぺらぺら語ろうものなら、「お前が言うな」といった非難が湧き上がることは確実だ。政治性を持たず万人に「慈愛」を注ぐ存在とみなされる天皇だからこそ、国民的一体感を偽装し、現存する社会矛盾や対立を隠蔽(いんぺい)することが可能になるのである。

しょせんは安倍の共犯者

 中曽根康弘元首相はかつて、現実の政治は政治家が担い、国民を精神的にまとめる役割は天皇が担う「二重構造」が、支配の安定性を保つために「非常にいいやり方だ」と力説していた。安倍首相もこれに近いことを自著『美しい国へ』で語っている。

 被災地慰問や戦没者慰霊に熱心だった前天皇は、支配層が天皇に期待する役割を強く自覚していた。新天皇もしかり。「常に国民を思い、寄り添う」との即位メッセージは彼の決意表明なのだろう。

   *  *  *

 「平和への思いが強い現在の皇室は安倍政権の改憲路線に批判的だ」といった言説がまことしやかに語られている。象徴天皇制の本質を見誤る危険な風潮だ。国民に寄り添わないアベ政治に対する人びとの不満を「寄り添い」で低減する役割を天皇が担うならば、それはもう立派な「共犯者」なのだ。      (M)



ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS