2019年09月13日 1591号

【少女像と「表現の自由」/「反日ヘイトは保護されない」との詭弁/共感の回路の切断狙う】

 日本軍「慰安婦」問題を象徴するモニュメント(平和の少女像)を展示していた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」内の企画展「表現の不自由・その後」が中止に追い込まれた。作品撤去の圧力をかけた政治家たちは「反日宣伝は『表現の自由』の対象ではない」と主張する。基本的人権や芸術の何たるかを無視した暴言というほかない。

「公費はダメ」論

 発端は、河村たかし名古屋市長(あいちトリエンナーレ実行委員会会長代行)の発言だった。少女像を視察した河村は「どう考えても日本人の心を踏みにじるもの。いかんと思う」と述べ、展示を即刻中止するよう求めた。

 その河村に「どうなっているんだ」と行動を促したのは、日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)である。松井は「日本で公金を投入しながら、我々の先祖がけだもの的に取り扱われるような展示物を展示するのは違うのではないか」と語った。「維新」の杉本和巳衆院議員(愛知10区選出)も「展示中止」を求める要請文を実行委員会会長である大村秀章・愛知県知事に送り付けた。

 そして、菅義偉官房長官である。菅はトリエンナーレが文化庁の助成事業であることに言及し、「補助金交付の決定にあたっては事実関係を確認、精査したうえで適切に対応していく」と述べた。補助金の支出は当局が作品内容の当否を判断して決めるものと言いたいようだ。

 いずれも、日本国憲法第21条「表現の自由」をまるで理解していない。憲法の本質は人民が公権力に課した命令書である。つまり、「表現の自由」を守る義務があるのは政府や自治体、そしてそれを担う公務員なのだ。

 大村知事は河村市長の一連の言動について「憲法違反の疑いがきわめて濃厚」と指摘。「税金でやるからこそ、表現の自由は保障されなければいけない。この内容は良くて、この内容はダメだと言うことを公権力がやることは憲法上ゆるされていないのではないでしょうか」と反論した。政治家として公務員として、まっとうな主張といえよう。

 だが、その大村も脅迫電話等にあっさり屈し、企画展そのものを中止してしまった。歴史修正主義者を勢いづかせる「悪しき前例」となったことは言うまでもない。

記憶の継承を妨害

 「少女像のような政治宣伝物は『表現の自由』で保護されるものではない」という主張もある。作家の百田尚樹は「慰安婦像はアートとはいえない。反日プロパガンダのモニュメントだ」(8/9夕刊フジ)と批判。産経新聞は「ヘイト行為は『表現の自由』に含まれず、許されない」(8/7主張)と切り捨てた。

 冗談ではない。芸術作品が政治的メッセージを含むのはあたりまえのことだ。政治的メッセージを自由に発信できることこそが「表現の自由」の核心なのである。そもそも、少女像をどう見たら「反日ヘイト」になるのか。

 少女像は正式名称を「平和の碑」という。作者のキム・ウンソンさんとキム・ソギョンさんは作品の細部に様々な意味を込めた。少女は椅子に座り何かを待っている。これは「日本政府の反省と悔い改め、法的賠償」を待っているのだという。少女から伸びるハルモニ(おばあさん)の形をした影は「謝罪反省を一度も受けないまま過ぎた歳月の、ハルモニたちの恨が凝り固まった時間」を意味する。かかとがすり切れた裸足の足は険しかった人生をあらわす。足が地面を踏めず少し浮いた状態になっているのは「彼女たちを放置した韓国政府の無責任さ、韓国社会の偏見」を問うているという(チョン・ヨンファン明治学院大教授、8/7付東京新聞)。

 実際に東京で展示された時の反応を紹介しよう(2015年1月「表現の不自由展〜消されたものたち」)。「少女像の隣の空席に座りました。緊張しましたが、突然、会いたい人々が浮かびました。少女も会いたかった友だちも家族もいたでしょうね」(20代)、「実際に横に座ってみたら心に響いた。『慰安婦』だった少女と私、韓国人と私……違うように見えるけど同じ人間で、同じ目線になって考えてほしいという思いがぐんと伝わってきた」(20代)

 共感を喚起する芸術作品の力である。日本軍「慰安婦」問題は遠い過去の、自分とは関係のない話ではない。正義の回復を求め声を上げた被害者の勇気は、女性差別と性暴力の根絶を求めるすべての者を励ましているのである。

 逆にいうと、安倍政権に連なる歴史修正主義者が少女像の設置に目くじらを立てるのは、共感の回路を断ち切りたいからであろう。記憶の継承を妨害し、現在の戦争路線に都合の悪い事実を「なかったこと」にしたいのだ。

沖縄からの回答

 沖縄の彫刻家・金城実さんが自身初となる「慰安婦像」の制作に取り組んでいる。像は木彫りで、少女ではなく現在の90代前後の姿をイメージした。「当時20歳前後だった少女たちが差別の歴史をずっと生き抜いてきた」との思いからだ(8/13沖縄タイムス)。

 金城さんは強制連行された朝鮮人軍夫を追悼する「恨(はん)之碑」や強制集団死が発生したチビチリガマの「世代を結ぶ平和の像」を制作してきた。「時間とともに風化していく戦争を後世に伝えていくのは生き残ったものの務め」と力説する。「表現の不自由展」中止については、「意に沿わないものは排除するという、戦時下の芸術への弾圧を思い起こさせる。芸術家が屈してはいけない」。作品は9月中に完成の予定だ。  (M)



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