2019年09月27日 1593号

【どくしょ室/愛国という名の亡国/安田浩一著 河出新書 本体880円+税/これ以上、社会を壊させない】

 ヘイトスピーチが日常の中で飛び交い、差別、偏見をあおる空気はその濃度を高めている。しかも政治家や著名人がそれに加担する。差別の向こう側に、戦争と殺戮が見える。そんな未来に進みたくない。著者はそうした思いで「愛国」の現場を取材してきた。本書は10年に及ぶ著者の取材活動をまとめたものである。

 自民党を取り巻く風景は第2次安倍政権発足で変わった。国政選挙の最終日の「マイクおさめ」は秋葉原が定位置となった。駅前広場を埋め尽くす聴衆が一斉に日の丸を打ち振り、特定民族への差別的罵声が繰り返される。まるで「ヘイトデモ」と見まがうという。自民党議員も国家主義的な物言いをすれば党内でのウケが良くなっている。安倍政権が日本会議などの宗教右派を取り込み、排外主義的なネトウヨをマーケットとして「その先の右」へと走り続けている。待っているのは「憲法改正」だ。

 4月、「改正出入国管理法」が施行された。著者は「技能実習生」などの外国人労働者の実態を取材してきた。「技能習得」とは無関係の重労働に長時間、従事させられ、パスポートや預金通帳の取り上げ、残業代の未払いなど、奴隷制度に等しい実態だ。企業が求めているのは単に「人手不足を補う」労働者ではない。実習生のように、安価で、使い捨てができる外国人労働者なのだ。

 こうした外国人労働者に対しても、差別排外主義団体は「移民反対」を掲げ攻撃を加えている。「治安悪化。外国人犯罪の増加」など何の根拠もないデマをまき散らし偏見、憎悪をあおっているのだ。

 差別排外主義の矛先は沖縄の基地反対運動にも向けられている。2013年、当時の翁長雄志那覇市長を先頭に沖縄の首長らが「オスプレイ配備反対」の銀座デモを行った。沿道では在特会などが「売国奴」「国賊」「中国のスパイ」などの罵声を浴びせた。しかし、これを報じたのは沖縄地元紙だけだった。

 沖縄戦で本土の弾よけにされ、戦後は米軍基地を押しつけられ、その沖縄にいま「ヘイトの弾」が打ち込まれているのだ。

 生活保護バッシングもヘイトスピーチと地続きの問題だ。2012年にお笑い芸人の親族の生保利用がやり玉に挙げられ、「不正受給」の糾弾が広がった。政府は生活保護費の「見直し」などを行い、生保窓口では申請受け付け拒否の事例が増加し、生活保護を受けることができないまま餓死者まで出た。今も「生保たたき」 はネット上にあふれている。

 著者は「流布されるデマに基づいて貧困者が差別される現状は、ヘイトスピーチが抱える問題と根は一緒だ。それは社会的強者による排除の思想に他ならない。これ以上壊されてたまるか、人も、地域も、社会も」と訴える。(N)
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