2019年10月11日 1595号

【ICRP 国際放射線防護委員会 新勧告案の狙い/避難させず住まわせるのが「最適化」/被ばく強要許さぬパブコメを】

 ICRP(国際放射線防護委員会)が、「大規模原子力事故における人と環境の放射線防護」勧告を改訂しようとし、パブリックコメントを募集している。改訂案には、「この勧告の目的は、すべての被災者と環境の放射線防護に関して、チェルノブイリと福島の経験を1つの文書に統合すること」と書かれ、「大規模原子力事故の緊急時対応および復旧プロセスにおける人と環境の防護のためにこの勧告は、以前のすべての勧告に取って代わるものである」とされる。その内容は…。

被ばく限度は1_シーベルト

 ICRPは、中立的な第三者機関でも、純粋な学術研究機関でもない。それは、米国を中心とした、原子力開発推進勢力による国際協調組織である。

 1980年代、欧米諸国では反原発運動が盛り上がり、広島原爆から放出された放射線量が過大に推計されていた(したがって、より低線量でも危険である)ことがわかり、公衆の被ばく限度の引き下げが不可避となった。ICRP1990年勧告が公衆の被ばく限度を年1_シーベルトとしたのはそういう背景があったからだ。

 だが、1986年4月にチェルノブイリ事故が起こり、1991年に汚染の度合いに応じて「強制避難ゾーン」、「義務的移住ゾーン」(年5_シーベルト超)、「移住の権利ゾーン」(年1_シーベルト超)などに区分するチェルノブイリ法が制定されると事態は一変する。原発推進勢力はこの流れを逆転させる方向に動き出した。IAEA(国際原子力機関)は1996年に「チェルノブイリ10年」という報告書をまとめ、次の大規模原子力事故が起きた場合の新方針を打ち出した。住民を汚染地域に住まわせることを前提に、新しい枠組みを作る必要があるとしたのだ。

 その具体化がICRP2007年勧告であり、それまでの計画被ばく状況(平時)に新たに緊急時被ばく状況と現存被ばく状況を追加し、それぞれの参考レベル線量(前者は年20〜100_シーベルト、後者は年1〜20_シーベルト)を提起した。緊急事態が起こった場合は、公衆の被ばく限度は適用されないというのだ。

 これは、「追加被ばく線量が年1_シーベルト、そして生涯70_シーベルトを超えないこと」を基本原則とするチェルノブイリ法の考え方とは根本的に異なるものだ。

汚染地に住まわせる

 2011年3月福島原発事故が起こった日本は、2007年勧告の最初の実験場にされたといっても過言ではない。文科省放射線審議会の基本部会は、2009年3月から2007年勧告を国内法に取り入れるかどうかを検討していたが、福島原発事故が起こった時点では国内法に取り入れることは決まっていなかった。にもかかわらず日本政府は、この参考レベルの年20_シーベルトを避難基準として採用し、福島県民の被ばく水準をいきなり20倍に引き上げたのである。

 この考え方は、今回の改訂案でも踏襲され、より徹底されている。「防護の最適化は線量の最小化ではない」「参考レベルは超過すべきでない規制上の制限値ではなく、最適化プロセスを導く値であるという立場を維持する」―一読しただけでは簡単には理解できないが、被ばく線量を最小化することをめざしているのではなく、参考レベルは上限値でないことは読み取れる。

 改訂案では、緊急時の参考レベルは「一般に年100_シーベルトを超えるべきではない」とされる。放射能放出事故が起こっても、その地域が年100_シーベルトを超えなければ、住民を避難させる必要はないと受けとれる。しかも、参考レベルは上限値ではないので、当初はその数値を超える被ばくをする人が半数くらいいても構わないのだ。改訂案に掲載された図には、単位も参考レベルの表示もないが、右側の網掛け部分が参考レベルを超える被ばくをする人で、それが徐々に減っていくことを示すと思われる。

 07年勧告 防護の考え方




 復旧プロセス(現存被ばく状況)の参考レベルについて改訂案は、「長期間汚染された地域に住む人々に対して、…1〜20_シーベルトの範囲内またはそれ以下で選択すべき」、「およそ1_シーベルトへの段階的な被ばく低減を目的として、一般的に年10_シーベルトを超える必要はない」とする。要は住民を汚染地域に住まわせたままで、被ばく線量を低減させるということだ。

帰還政策を批判せず

 ただ改訂案は、「復旧プロセスの最初の数年間の年間被ばく量がおよそ10_シーベルトだと、比較的短期間に総被ばく量が100_シーベルトを超える可能性がある」とし、そういう場合は「年10_シーベルトを超える参考レベルを選択することは推奨されない」とも書いている。年20_シーベルトを下回れば避難指示を解除し、帰還・定住を進めるという安倍政権の帰還政策は、まさにこの推奨されない事例に該当する。だが改訂案のどこにも、日本の帰還政策に対する批判はない。これは、参考レベルがいかにいい加減なものかを示すものだ。

  *   *

 公衆の放射線防護の名に値しない改訂案など認められない。10月25日までパブリックコメントが募集されている。日本語でもいい。短くてもいい。多くの市民の声を突きつけよう。同時に日本政府が改訂案を国内法に取り込むのに反対する声をあげていかなければならない。

◆パブリックコメント宛先
http://www.icrp.org/consultation.asp?id=D57C344D-A250-49AE-957A-AA7EFB6BA164

◆市民団体8団体による勧告案全文の仮訳 http://www.ccnejapan.com/?p=10228
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