2019年10月25日 1597号

【未来への責任(284)歴史ゆがめる「明治日本の産業革命遺産」】

 韓国が反対していた「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」のユネスコ世界遺産への登録は、2015年7月、日本政府が「1940年代にいくつかのサイトにおいてその意思に反して連れて来られ厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいたこと、第二次世界大戦中に日本政府としても徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる」と表明することで認められた。明治期だけを取り上げるべきとする日本の主張は退けられ、強制労働の歴史の記載が求められたのである。

 世界遺産は戦争の惨禍を繰り返さないというユネスコの設立精神に沿うものでなければならない。明治の一時期だけを切り取って、その後の日本の第二次世界大戦敗北につながる負の歴史を説明しなければ普遍的価値を持つ遺産とはならない。「富国強兵」「殖産興業」のスローガンのもと進められた明治期の産業近代化は、侵略戦争のための「総力戦体制」を構築し、朝鮮半島から80万人に及ぶとされる人々を強制動員し多大の犠牲者を生み出した「大日本帝国」の歴史につながる。軍艦島などまさにこの日本の「近代史全体」を象徴する資産である。

 ところが登録時に岸田外務大臣(当時)は「この発言は、これまでの日本政府の認識を述べたもの。1965年の韓国との国交正常化の際に締結された日韓請求権・経済協力協定により、いわゆる朝鮮半島出身者の徴用の問題を含め、日韓間の財産・請求権の問題は完全かつ最終的に解決済みであるという立場に変わりありません」と述べ、この国際公約を実質上反故(ほご)にした。

 強制労働の歴史についての「説明計画」作成を求められた日本政府は、これを産業遺産国民会議という一民間機関に委任(丸投げ)した。この団体のホームページのトップ「軍艦島の真実―朝鮮人徴用工の検証―」では、強制動員被害者の証言は一切なく元島民の証言だけが掲載され、これまで積み上げられてきた強制労働の証言や著作に対して「書籍への反論」と題して一方的な批判を行っている。そして調査研究報告書には「強制動員された朝鮮人と日本人との賃金格差はなかった」とか、元島民の「当時朝鮮人差別はなかった。みんな仲よくしていた」といった検証抜きのインタビュー記録などを掲載している。

 2016年の調査研究報告書でも使われている写真はすべて契約以前の日付のものであり、十分な調査がなされたとはとても思えない代物である。これら3か年にわたる報告書への契約金は合計で約3億6千万円だ。

 昨年開催された第42回世界遺産委員会は、インフォメーションセンターの設置場所(なぜか遺産と関係ない東京に設置)、歴史全体についても理解できるインタープリテーション(展示)戦略など、関係者との協議を継続することを日本政府に勧告した。世界遺産委への報告書の提出期限が12月1日に迫る中、杜撰(ずさん)な調査報告に基づいた報告書を日本政府に提出させてはならないと同時に、3億6千万円余も支払った責任を追及しなければならない。

(日本製鉄元徴用工裁判を支援する会 中田光信)

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