2019年11月08日 1599号

【トリエンナーレ補助金問題/「表現の自由」を脅かす不交付決定/国策迎合芸術へカネで誘導】

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」に対し、文化庁は補助金約7800万円を全額交付しないと発表した。日本軍「慰安婦」問題を象徴する少女像などの展示を安倍政権が問題視したことは明らかだ。今回の「処分」は表現活動を委縮させ、国策迎合へと導くものだ。芸術が戦争遂行の道具となった歴史をくり返してはならない。

少女像を狙い撃ち

 「別に検閲にはあたらないと思います」。萩生田光一文科相は、展示内容が不交付の理由ではないと強調する。補助金を申請した愛知県側の手続き上の不備(円滑な運営を脅かす重大な事実を申告しなかった)だというのだ。

 こじつけというほかない。安倍政権は日本軍「慰安婦」問題のモニュメントである少女像の展示を嫌い、8月2日の時点で菅義偉官房長官が補助金不交付の可能性に言及していた。これを受け、内定していた交付が急遽(きゅうきょ)取り消されたことは明らかだ。

 事実、文化庁は不交付の決定にあたり、外部審査委員の意見を聞いてない。内部だけで手続きを進め、その過程を示す議事録すら残していない。外部審査員の一人だった野田邦弘・鳥取大学特命教授は「もう一度審査委に諮れば反対されると考えたのだろう」と批判。政府への抗議を込めて委員辞任を表明した。

 戦前の検閲に詳しい日比嘉高・名古屋大学大学院准教授は、「進行しているのは、事実上の国家検閲です」「政府が恣意的な運用をすることが可能になり、国に不都合な内容や意に沿わない主張を封殺する道がひらけてしまった」(10/3毎日)と危機感を示す。

 これは決して大げさな指摘ではない。日本芸術文化振興会(文部科学省の外郭団体)は9月27日、芸術文化活動への助成金に関し、その交付要綱を改定した。「公益性の観点から不適当と認められる場合」、内定や交付の決定を取り消すことができるようにしたのである。

 国が認めない芸術文化にはカネを出さないということだ。「物議を醸すような展示はやめよう」との委縮効果を狙ったことは明らかだし、国家に都合のいい創作へと誘導する意図も見え見えだ。

戦争の道具だった

 あいちトリエンナーレへの補助金不交付決定に対し、多くの人びとが抗議の声を上げている。撤回を求めるネット署名への賛同者は早くも10万人を突破。愛知県は補助金適正化法に基づく不服申し出を文化庁に対して行った。

 だが、今の日本の言論空間は「表現の自由」の危機に恐ろしく鈍感だ。「反日宣伝に税金を使うな」といった発言がテレビ番組で「正論」として扱われる始末。「政府が認めていないものを芸術と言うな」(落語家の立川志らく)という、独裁国家並みのコメントまで飛び出した。

 さすがは歴史修正主義がはびこる国というべきか、過去の教訓が完全に無視されている。芸術文化が国策や国益と一体化したとき、それは恐ろしい災厄をもたらす。かつての日本がまさにそうだった。

 日本が中国への全面侵略を開始して以降、日本の芸術文化は国家の戦争目的に従属する総動員体制に組み込まれた。「彩管報国」という言葉がある。絵筆(彩管)をとって国に尽くすという意味だ。このスローガンが示すように、多くの芸術家は自ら戦争協力にのめり込んでいった。

 その代表格が藤田嗣治(つぐはる)である。陸軍美術協会の花形作家(第2代副会長)だった藤田は戦意高揚のための戦争画を数多く手がけた。彼自身が会心の作と評する『アッツ島玉砕』(1943年)は、迫真の絵に感動して賽銭を投げる人がいたため、展示会場には賽銭箱が用意された。

 また、軍国主義教育の悲劇である住民の「集団自決」を美化して描いた『サイパン同胞臣節を全うす』(1945年)は、「聖戦完遂」の固い決意を抱かせる作品として朝日新聞等に激賞された。

 「国民総蹶起(けっき)の戦争完遂の士気昂揚に、粉骨砕身の努力を以て御奉公しなければならぬ」「国民を鞭(むちう)ち、国民を奮起させる絵画又は彫刻でなくてはならぬ」――藤田は「戦争画制作の要点」と題する一文(1944年5月)でこう書いている。軍部の考えは「最も優れたる美術家とは…最も効果的に戦争遂行に役立て得る美術家である」(陸軍省報道部員・平櫛(ひらくし)孝少佐)だから、完全に一致する。

国家の施しではない

 国策に迎合した芸術は戦争の道具になりはてた。その反省を踏まえ、芸術文化活動は公権力とは距離を保つのが正しい振る舞いといえる。

 もちろんこれは「国の補助を受けてはダメ」という意味ではない。文化助成は国の施しではない。映画監督の是枝裕和が語るように、「未来につながる文化の多様性を、私たちの税金でどう担保していくかという話」なのだ。

 残念ながら、今の日本では「国からカネをもらうのなら国に従え」という論理が猛威をふるっており、政府に批判的と見なされる学術研究への助成金攻撃や生活保護受給者のバッシングにも使われている。事態は芸術文化だけの問題ではないのである。(M)



ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS