2019年11月08日 1599号

【どくしょ室/徴用工裁判と日韓請求権協定 韓国大法院判決を読み解く/山本晴太・川上詩朗ほか著 現代人分社 本体2000円+税/問題の本質は人権の回復】

 「韓国の問題になると、メディアは無責任に反感をあおり、嫌悪感や敵意を垂れ流しにしています。元徴用工問題の韓国大法院判決文も読まないような出演者にコメントさせてはいけない。みんなまず、あの判決文を読むべきですよ」

 芥川賞受賞作家の平野啓一郎が朝日新聞のインタビュー(10/11付)でこう語っていた。徴用工の実態は今の外国人労働者問題と重なるとも言う。「技術を習得できると期待して応募したら、危険度の高い労働環境に置かれ、賃金を支給されず、逃げ出したいと言ったら殴られた。悲惨ですよ」「労働者は大切にされるべきだという価値観があれば、元徴用工問題の判決文を読んでショックを受けないはずはありません」

 同感だ。徴用工問題の本質は侵害された人権の回復にある。だが、日本のメディアは大法院判決の内容を断片的にしか伝えない。そのため、「判決は国際法に反する」だの、「賠償はもう終わっている」といった言説が真実であるかのように広まっている。

 本書は、戦後補償裁判に関わってきた弁護士が裁判の争点と大法院判決の意義を解説したものだ。判決文はもちろん、関連資料も豊富に収録されている。徴用工問題の学習文献として現時点の決定版と言えよう。

 大法院判決は「元徴用工の慰謝料請求権のような植民地支配と直結した不法行為の損害賠償請求権は、1965年の日韓請求権協定で解決したとされる請求権には含まれていない」との判断を示した。一方、日本政府は同協定により「個人賠償請求権は完全かつ最終的に解決した」との見解をとっている。

 このように両者の協定解釈は大きな違いがあるように見えるが、実はそうではない。「完全かつ最終的に解決」とは個人の請求権が消滅した意味ではないと主張してきたのは日本政府だからである。そのいきさつは日韓請求協定の解釈の変遷について論じた山本晴太弁護士の論文が詳しい。

 ざっくり言うと、日本政府が「個人の請求権は消滅していない」と言い張ってきたのは、日本国民からの補償要求を避けるためである。国家が国民の財産請求権を条約によって消滅させたとなると、その賠償責任が生じるからだ。

 よって、韓国人被害者が日本の裁判所で戦後補償要求の裁判を提起するようになっても、しばらくの間は「日韓請求権協定で解決済み」論で国側が抗弁する事例は一件もなかった。それなのに、戦後補償運動の前進により「時効」などの争点について国や企業に不利な判断をする裁判例が現れ始めると、従来の解釈を大転換したのである。

 日本製鉄訴訟における大法院判決から1年が過ぎた。被害者の救済を優先した問題の解決へ世論を動かすためにも、本書で基礎知識を学びたい。    (O)
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