2019年11月15日 1600号

【英語民間試験 見送り/萩生田「身の丈」発言は安倍の本音/教育格差を助長する民営化路線】

 大学入学共通テストの英語民間試験について、政府は来年度からの導入を見送ると発表した。「自分の身の丈に合わせて頑張ってもらえば」という萩生田(はぎうだ)光一文科相の発言が世論の批判に火をつけたかたちとなった。萩生田は「説明不足だった」と釈明しているが、そうではない。公教育解体に突き進む安倍政権の本音を漏らしてしまったのだ。

急転直下の延期決定

 「経済的な状況や居住している地域に関わらず、等しく安心して試験を受けられ、受験生に勧められるシステムになっていないと判断した」

 萩生田文科相は11月1日、延期の理由をこう説明した。ほんの数日前まで「実施に全力を挙げる」と言っていた人物の言葉とは思えない。受験当事者たちが「最初からわかっていた問題ではないか」と憤るのは当然である。

 そもそも民間試験の活用は、安倍晋三首相の私的諮問機関として官邸に設置された「教育再生実行会議」の提言によるものだ。その仕組みはこうである。受験生は受験する年度の4月から12月の間に、7種類ある民間検定試験(英検やベネッセが実施するGTECなど)のどれかを選んで受ける。そのうち2回までの成績が大学に通知され、合否判定の材料になる。

 この試験を受けるには、1回につき数千円から2万5千円を超える受験料がかかる。経済的に苦しい家庭にとっては大きな負担だ。しかも実施会場は都市部に偏っており、住む地域によっては試験を受けに行くための交通費や宿泊費も重くのしかかる。

 このように、受験機会の公平性が担保されない制度設計であることから、制度の見直しや実施延期を求める要望が教育関係者から相次いでいた。だが、文科省は聞く耳を持たなかった。9月に新大臣に就任した萩生田もしかり。BSフジの番組(10/24)に出演した際、「経済状況や地理的条件によって不公平にならないか」という司会者の質問にこう答えた。

 「それ言ったら『あいつ予備校通っていてズルいよな』と言うのと同じだと思うんですよね。裕福な家庭の子が回数受けて、ウォーミングアップができるみたいなことはあるかもしれないけれど、そこは自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえば」

 文科相が「カネ持ち有利」を肯定したこの発言で、英語民間試験への批判は一気に増えた。萩生田の謝罪では反発は収まらず、政権そのものの炎上を恐れた首相官邸の判断により、急転直下の実施延期が決まったというわけだ。

政策が作った格差

 萩生田発言が激しい怒りを招いたのは、家庭の経済状況や住んでいる地域による教育格差の存在を誰もが感じているからである。

 四年制大学への進学率を比べると、高所得者層では6割を超えているが、世帯所得が300万円以下の世帯では3割程度にとどまる。地域格差はどうか。高校新卒者の進学率をみると、最も高い東京都が62・4%なのに対し、最も低い鹿児島県は32・4%であった(2018年度)。

 このような格差を日本の教育政策は助長してきた。OECD(経済協力開発機構)加盟諸国の中で、日本はGDP(国内総生産)に占める公的教育費支出額の比率が最低水準を記録し続けている。他国と比べると教育費の私費負担の割合が高い国なのだ。

 それなのに、萩生田は政策的に作られた教育格差に拍車をかける制度の導入をゴリ押しし、貧しい者は「身の丈」に合わせればいいとまで言い放った。「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と定めた日本国憲法(第26条)を何だと思っているのか。大臣失格であり、引責辞任または更迭が筋であろう。

営利企業に市場提供

 ところが、安倍首相は萩生田をかばい続けている。安倍にとって萩生田は第一次政権の崩壊後も離反しなかった数少ない子分の一人。稲田朋美(元防衛相)のケースと同じで、自分に忠誠を誓う萩生田を安倍は重用してきた。

 その期待に応えるべく、萩生田は安倍が立場上直接できないことを引き受けてきた。加計学園の獣医学部新設問題では「総理のご意向」だと文科省に圧力をかけた。国会で改憲論議を進めるために衆議院議長の交代論をぶち上げたこともある。そうした本音代行係の癖が大臣になっても抜けなかったのだろう。

 前述したように、英語民間試験の活用は安倍政権が決めたことである。「身の丈」発言は教育の民営化路線(公教育を解体し営利企業に儲け口を提供)を進める連中の本音が出たものなのだ。

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 1966年に採択された国際人権規約の社会権規約(A規約)は、中等・高等教育における「無償教育の漸進的な導入」を定めている。この条項を日本は長らく「留保」し続け、撤回したのは2012年。安倍の言う「悪夢のような民主党政権」の時だ。この一件からも、安倍政権が教育費の自己負担を当然視していることがみてとれる。(M)



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