2019年11月29日 1602号

【どくしょ室/トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち/加藤直樹著 ころから刊 本体1600円+税/「だまし」の手口を徹底検証】

 「ここ亀戸は関東大震災で在日コリアンが大量虐殺された場所だ。政治家が旗を振り、無知な国民がのってしまった」。沖縄の彫刻家・金城実さんは今年の団結まつり(東京・亀戸中央公園)でこう語った。

 1923年9月、関東大震災発生直後の東京や横浜では「朝鮮人が暴動を起こしている」「井戸に毒を入れた」といった流言が広がり、多くの朝鮮人が「自警団」や官憲の手で殺された。亀戸周辺は最も状況がひどかった場所のひとつにあげられている。

 普通の市民が民族差別意識に突き動かされ、虐殺に手を染めた――私たちが決して忘れてはならない歴史の教訓である。ところが近年、「虐殺はなかった」とか、「朝鮮人暴動は本当にあった」といった主張が広がりをみせている。

 今や全国紙の校閲担当者までもが「虐殺はあったと言い切って大丈夫か」と本気で心配するほどだ。この話を友人の記者から聞いて衝撃を受けた著者は、「虐殺否定論」がどのように間違っているのかを明らかにし、それを広く知らせる取り組みを行ってきた。

 そして、次のような確信を抱くに至った。「虐殺否定論」とは認識の誤りではなく、「そもそも人をだます目的で仕掛けられた“トリック”である」と。

 著者は、ノンフィクション作家の加藤康男・工藤美代子夫妻が「虐殺否定論」の「発明者」だと指摘する。2人が書いた虐殺否定本は捏造のオンパレードだ。たとえば、震災直後の混乱期に書かれた新聞記事を「証拠」に挙げ、「朝鮮人テロリストの暴動は本当にあった」と主張する手口である。これらの記事が後に完全否定されていることに加藤らは一切言及しない。

 史料の扱いもデタラメで、虐殺の実態を伝える手記から都合のいい部分だけを切り取って引用し、「朝鮮人暴動」の証言に仕立てたりしている。まともな歴史研究本ではないこと明らかだが、否定論者は学問的に認められようなんて最初から考えていない。

 連中の狙いは、歴史的事実をめぐって説が2つに分かれており、自分たちがその一方の立場だと認知されることにある。「虐殺があったという説となかったという説の2つがある、という構図が受容されてしまえば、日本の社会風土では、学説が分かれているテーマを教育に持ち込んだり、公的な場で追悼したりするべきではない、という話に帰結する」からだ。

 実際、横浜市では「朝鮮人虐殺」を記述した歴史副読本が回収され、一冊残らず「溶解処分」された。東京都では虐殺犠牲者追悼式典への追悼文送付を小池百合子知事が取りやめた。歴史修正主義者の隠ぺい策動は着々と「戦果」を上げているということだ。こうした策動を許さぬために本書を活用してほしいと、著者は呼びかけている。(O)
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