十月十五日の長野県知事選で作家の田中康夫氏が当選し、その一週間後の衆議院東京21区補欠選挙で元東京HIV訴訟原告団副団長の川田悦子さんが当選した。これらの選挙結果は、単に「知名度」や「有権者の既成政党離れ」という言葉では捉えることはできない。それは、民主主義を求め政治を自分たちの手に取り戻そうとする有権者の大きな変化がいま各地で起こっていることを示している。
長野県知事選挙 |
田中康夫 無所属新 | 589,324 |
池田典隆 無所属新 | 473,717 |
中野早苗 無所属新 | 122,615 |
草間重雄 無所属新 | 14,770 |
官僚県政の変革が争点
長野県知事選では、田中康夫氏が前副知事の池田典隆氏に十一万票以上の差をつけ当選した。
知事選での最大の争点は、四十年以上続いた県庁官僚出身の知事による県政を変えるのかどうかであった。
戦後、長野県では西沢知事(六期二十一年)、吉村知事(五期二十年)と県庁出身の副知事経験者が四十一年間にわたって県政を担った。その間に「県庁マシーン」と呼ばれる県庁幹部・県議会・地方経済界による利権集団と集票システムが築かれ、県民に君臨する行政が行われてきた。県民の声が届かないというのが一般的な県庁観だった。
この姿勢は、長野五輪招致委員会の活動記録・会計帳簿の焼却事件に象徴的に表れた。 国際オリンピック委員への贈賄の証拠隠滅が疑われるその行為を県知事自身が「適正な処理」と強弁したのは、磐石の再選基盤へのおごりからくるものであった。
池田副知事はいわばこの県庁マシーンの候補で吉村県政の継承者だ。長野県議会六十二議席中五十七名の県議が支持し、県下市町村長や経済団体も支持・推薦を集中、三千五百以上の団体が推薦するという「史上最強の体制」(信濃毎日新聞)で知事選に立った。
これに対して官僚県政に批判的な経済人や文化人が民間出身候補として田中氏を擁立。そして長野県民は従来の吉村県政の継続を拒否したのである。
知名度の勝利ではない
田中氏が当選したのは決して「知名度での優位」によるものなどではない。
なによりも長野県民の県政に対する怒りが頂点に達していた。選挙前の世論調査(信濃毎日)では、「新しい知事にまず求めたいこと」という質問(八項目から二つ選択)に「県民の声にもっと耳を傾ける」という当たり前の回答がトップで五四・五%を占めた。これまでの長野県政がいかに民主主義と無縁であったかが示されている。以下、「無駄な公共事業を削減する」四〇%、「弱者に暖かい県政にする」二七・七%、「官僚的な体質を改める」二七・四%と続く。
田中候補は、こうした県民の怒りや要求を汲み上げて、「約束なしで知事と話せる日」や「反対運動のあるダム計画の中断・見直し」「帳簿焼却問題の調査」などを打ち出し、争点を鮮明にした。
注目しなければならないのは、県民が自ら市民運動として選挙に参加し、官僚・議員・市町村首長・財界人による「史上最強の体制」を打ち破ったことだ。
組織を持たない田中候補に対して、県民が自発的に支援組織を作って田中陣営を後押しした。地域でミニ集会・演説会を組織し参加を呼びかけたり、ボランティアでの選挙活動を呼びかける運動を展開した。この勝手連的市民運動組織は最終的に百団体以上に拡大した。
有権者自身が選挙活動に直接参加し、投票の意義を訴えたことが、六九・五七%という高投票率をもたらした。有権者はそれぞれの所属組織から降りてくる投票依頼ではなく、自分の判断で一票を投じた。「流れを変えてほしいと久々に投票した」「何か変わる期待があって初めて自分で選んだ」というのが投票後の多くの声だった。当たり前の民主主義的権利の行使が、政党や政治団体による組織選挙を打ち破ったのである。
広がる変革への流れ
国民の多くは、国会の大多数の勢力が自分たちの意思の反映ではないと考え、府県知事も与野党談合による中央官僚の押しつけと感じている。こうした民主主義否定に対する怒りは全国に共通に存在する。その怒りを背景として、新潟県巻町の原発、沖縄県名護市の米軍基地、徳島県吉野川の可動堰などに対する住民投票という形をとって民主主義を取り戻す運動が起こっていた。そうした一連の変革の流れが、公職選挙の場にもはっきりと登場してきたのである。
森首相は「(無党派候補は)息子さんのために頑張ってこられて知名度が高かった」として衆院補選の敗北を総括している。臨時国会で自民党は、来年の参院選での後退をくいとめるために、有名タレントを使って政党への得票をかすめ取る非拘束名簿式の比例区選挙制度を強行成立させた。
しかし自民党が国民無視・民主主義破壊の戦争政策と福祉解体を続ける限り、いかに人気タレントを候補に立てても国民の支持を取り付けることはできない。民主主義を自分の行動で実践しようという市民運動はいっそう拡大するにちがいない。
知事選挙後の県民世論調査(信濃毎日)