完全失業率がついに5%に達し、独占資本の一部からは失業者の急増を危惧する声が出始めた。大量失業による社会の荒廃は、彼らの支配秩序をも揺るがしているのだ。こうした事態に支配層はどのように対処しようとしているのか。それは治安対策の強化というその場しのぎの手段であった。
広がる社会不安
5%の大台に乗った失業率を小泉首相は「生みの苦しみ」と表現した。「構造改革」路線を進める以上、失業者の増加は避けられない。多少の「痛み」は将来のために我慢してほしい、と言いたいのだろう。
だが、国民の我慢はとうの昔に限界に来ている。それを端的に示しているのが、自殺者の急増だ。日本の自殺者数は近年上昇の一途をたどり、年間三万人を超えている。自殺率も欧米諸国に比べ各段に高く、今や「自殺大国」の様相を呈している。
なかでも、五十代の男性を中心に「経済・生活問題」を苦に自殺した人の増加が目立つ。過酷なリストラや倒産の影響は明らかだ。
また、大量失業は若者たちから未来を奪った。完全失業率は若年層ほど高く、十五〜十九歳層では15%にも及ぶ。大学を卒業したところで安定した就職先は望めない。これでは将来に展望など持てるはずがない。悪質な少年犯罪の増加は、日本の若者たちを覆う閉塞感のあらわれだろう。
地域社会の荒廃も深刻だ。大企業がリストラや海外移転で工場を閉鎖すれば、地域の下請け企業や工場労働者相手の商売は存続できなくなる。こうしたことが日本の各地で起きている。
このように、リストラ・首切りの嵐は、雇用という社会の安定装置をずたずたに引き裂いた。「生みの苦しみ」どころではない。社会の基盤が崩れかけているのである。
支配構造のゆらぎ
企業活動の土台となる社会秩序の動揺は、支配層にとって決して好ましい事態ではない。先日(8/2)の日経連経営トップセミナーで、奥田会長はこう述べている。
「最近十年ぐらいの自殺や犯罪のデータをみると、失業率の上昇を追いかけるように顕著に悪化している。日本社会は、失業に対して非常に脆弱な構造にある。失業がさらに増加した場合、社会が不安定化し、改革に反対する人が一気に増える可能性は否定できない」
この後、奥田は「社会全体が崩壊しかねない」として、「解雇規制の緩和」を「やってはならないこと」と戒めている。財界のトップとしては異例の発言であり、彼らの危機意識がうかがえる。
九〇年代以降、日本企業は激化する国際競争に勝ち抜くために、労働者支配の要としてきた「年功賃金制」や「長期雇用慣行」を投げ捨て、見境のないリストラにまい進していった。その結果が、今日の大量失業である。
彼らはダイエットのつもりだったのかもしれないが、日本社会は重い病にふせってしまった。骨までもろくなったと言ってもいい。それは支配層にとって安定した支配構造の崩壊を意味している。
力で狙う秩序維持
もっとも支配層の最優先の課題は、企業の国際競争力を高めることである。リストラ・首切りをやめる気などないし、失業者の「セーフティーネット」といっても財政を圧迫してまで社会保障を拡充すべきだとは考えていない。
では支配層は、企業社会的な国民統合の解体という、自らが招いた事態をどう乗り切ろうとしているのか。その回答のひとつが治安対策の強化にほかならない。
この二年の間に、盗聴法や団体規制法、組織的犯罪の刑罰強化や少年法の厳罰化、そして国民総背番号制の導入など、治安強化を狙った立法や法改正が相次いだ。これらは戦争国家づくりの一環なのだが、同時に国民統合のほころびを補うという側面がある。
つまり大量失業がもたらす社会秩序の混乱(凶悪犯罪の増加、反社会的カルト宗教の隆盛等々)を、治安対策を強めることで抑えようとしているのである。
前述の日経連セミナーでは「警察官の増員」や「防犯対策の強化」といった提起がなされている。政府が「治安問題連絡本部」の設置を決め、来年度予算で警察官五千人の増員が計画されている背景には、独占資本のさしせまった要請があった。
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支配層が狙う戦争国家づくりと治安対策の強化は、グローバル資本主義に見合った国家改造という点で共通している。一握りの富裕層に富を集中させるこの経済システムを維持するためには、圧倒的多数の不満を常に抑え続けなくてはならないのだ。
外に軍隊、内には警察−−暴力でしか維持し得ないグローバル資本主義の非人間的な本質はこの一言で表すことができよう。 (M)