「ふざけるな北朝鮮」「人殺し国家にカネをやるのか」等々、マスコミによる「北朝鮮糾弾キャンペーン」が続いている。朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)が認めた日本人拉致は明らかな国家犯罪である。真相究明と補償は当然の要求だ。しかし、朝鮮敵視感情をことさらあおりたてる報道に組するわけにはいかない。排外主義の煽動は、有事法制の整備という戦争政策を利することになるからだ。
憎悪と不安を煽動
「北朝鮮許すまじ」 一色に染まった週刊誌
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初の日朝首脳会談、ここで合意された平壌(ピョンヤン)宣言は、一世紀以上も続いた日本と朝鮮半島の不幸な過去を清算し、「敵対関係から協調関係へ」(小泉首相)と向かう歴史的な一歩を踏み出すものとなった。
世論の反応はどうか。「ニュースステーション」の世論調査(9/21〜22実施)によると、「首相の北朝鮮訪問は成功だった」という意見が63%。日朝国交正常化交渉の再開を支持する声も70%に達した。戦争の火種をなくす日朝関係の改善を国民は歓迎しているとみてよい。
ところが、こうした成果を素直に評価しづらい雰囲気ができている。マスコミ報道が日本人拉致問題一色に染まっているからだ。とりわけ週刊誌やテレビのワイドショー番組による「北朝鮮バッシング」はすさまじい。「ふざけるな北朝鮮 / 『人殺し』金王朝の秘部」(10/5週刊現代)、「衝撃真相 / 『在日拉致支援組織』の罠と手口」(10/10女性セブン)等々。
憎悪と不安をあおる報道は、案の定、在日朝鮮人に対する嫌がらせを誘発した。朝鮮人団体や学校への「爆破するぞ」「拉致するぞ」といった脅迫電話、チマチョゴリ姿の女子生徒に対する暴言や暴力事件が各地で頻発している。
「こころない連中の卑劣な行為は残念だ。でも、何の罪もない日本人が拉致され死んだのだ。感情的になるな、という方が無理な話」といった意見もあるだろう。もちろん、他国の国民を誘拐し知らん顔を決め込むなど、許せない犯罪行為である。朝鮮当局には、国家犯罪の真相究明、被害者・家族への公式謝罪と補償を断固求めるべきだ。
戦後補償を無視
では、一連の拉致問題報道はこうした人道的立場に立ってのものか。答えは否である。「『国民の生命』と引き替えの『国交』でいいのか」(10/4週刊ポスト)と言いながら、実は拉致問題を政治利用する意図が見え透いている。
実際、国交交渉の再開を批判する週刊誌の記事は、カネがらみの話がやたらと多い。男性向け週刊誌が「『人殺し国家』にカネを払うのか」(週刊ポスト)とほえれば、女性週刊誌は「あなたの安全など日本政府は見て見ぬふり。それでも税金投入を支持しますか?」(女性セブン)と、疑問を投げかける。
かくして日朝国交正常化はカネの問題にわい小化される。「北朝鮮は経済援助がほしいから国交正常化を急いでいるのだ」という図式である。ここには、植民地支配の清算という日朝国交正常化の基本認識はみじんもない。いや、意図的に覆い隠そうとしていると言ったほうが正確だろう。
朝鮮当局の意図がどうであれ、日本にとって朝鮮との国交正常化は戦後処理の課題である。植民地支配で多大な苦しみを与えた朝鮮の民衆に対し、日本政府は戦後半世紀以上にわたって何の責任もはたしてこなかった。この異常事態に終止符を打つことは、日本政府に課せられた責務なのである。
有事法制の口実残す
こうした歴史的視点を、拉致問題一色の報道は全く持ち合わせていない。平壌宣言で合意された経済協力方式での決着は、日本の戦争責任を不問にしてしまう大きな問題をはらんでいる(謝罪の意思を明確にした国家補償が必要)。その経済協力方式ですら、マスコミは「拉致日本人の身代金」であるかのようにねじまげている。
このような報道姿勢は、有事法制の策動を利するものでしかない。侵略の反省を踏まえて朝鮮との国交正常化を進めることが「国民合意」になってしまえば、有事法制を整備する口実がなくなってしまう。だから国交交渉を再開するにしても、「北朝鮮は怖い」「信用できない国」というイメージは残しておきたい。これに拉致問題は利用されているのである。
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わが子を拉致され、死に追いやられた家族の心情を思うと、やりきれない怒りと悲しみでいっぱいになる。そして、朝鮮にも同様の思いを抱える戦争被害者(強制連行や従軍慰安婦)の家族がいる。
「小泉よ、なぜ席を立たなかったのか」(10/5週刊現代)という論調は、両国の被害者救済を放置してもいいとう暴論である。国交交渉の再開を遅らせてはならない。対話のチャンネルを閉ざしていては何も解決しない。(M)