ドメスティック・バイオレンス(DV)防止のための法律は制定されましたが、さて、社会の一般的認識はどうでしょうか? 「特別な法律がいるの?」「自分のまわりには、そんなひどい例はみないけど…」といった反応が、まだまだ多いのでは。
一般に加害者は、「見た目」では予測・判断できません。社会的に地位もあり、むしろ誰の目にも良いパートナーと思える場合も少なくありません。被害者にしても、病院での普通の付き合い程度では、とても推察できない例が多く見られます。
◆○月○日
看護師「この新聞見て! この間妊婦検診に来てたAさんや。夫に殺されたって出てるよ。保健指導でも話したのに、全然気配もわからなかった」。
この後のカンファレンス(会議)では、気配もない妊婦をどう観察するかに議論が沸騰しました。
◆○月○日
医師「ご出産おめでとうございます。つわりの頃は大変でしたね。本当に身をけずっての赤ちゃんですね」。Bさん(涙ながらに)「身をけずるくらいの体のつらさは、いま思うと忘れることもできます。でも、『怠けるんじゃない、誰に食べさせてもらってるんだ』って、ご飯を作らされたんです。吐き気をおさえてうずくまってるのに、『部屋が散らかってる』って怒鳴られた。あの苦しみと屈辱は忘れられません」。
DVとは、物理的な暴力だけではありません。外来で夫に病状説明をした時は、本当に理解ある方にみえましたが…。
◆○月○日
看護師「ご主人は家事に協力的ですか?」。Cさん「ええ、前の夫と違って、今度の彼はとてもやさしくしてくれます」。
数か月後のことです。看護師「あら、そのあざ、転んだの? 気をつけなくっちゃ」。Cさん(涙をこらえきれず)「本当は今度の夫も殴るんです。妊娠中だし、セックスはいやだって言ったら、押し倒されて…。最初は、きっと今日だけだって思いたかった」。
親しくなった助産婦に打ち明けて、ほっとした様子。
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大阪市の調査(二〇○一年実施)によると、どんな苦しい目にあっても、被害者の半数は誰かに打ち明けたり相談したりしていません。相談するほどのことではない、自分にも悪いところがある、恥ずかしくて言えなかった、と答えています。
私たちがDVの実態に気づくのも、被害者の大変な勇気と決断があって初めて可能なことなのです。ここがすべての出発点となります。
(筆者は、大阪・阪南中央病院産婦人科医師)