「カルテの余白」で、なぜドメスティック・バイオレンス(DV)問題?―そんなふうに感じる読者もおられるかも知れません。でも、DVは医療問題なのです。直接には病院が被害者のからだと心の手当ての場所だからです。同時に、そこが暴力から逃れるためのサポートと出会える場所であり、被害者を支えるネットワークの中心的な役割となることが多いのです。
Aさんは、腕利きの職人さんの妻です。
◆ ○月○日
救急外来に、彼女が足の切り傷の出血をおさえてやってきました。傷の周囲にはあざも。
看護師「あら、大変。縫ってもらわないと」
Aさん「お父さんの道具につまずいちゃって…。わたし、片付けきちんとできないから。いつも言われているのに…」
一晩入院を勧めましたが、「私の不注意だし、子どももいるから」とそのまま帰宅。
◆ 数日後、小児科でAさんを見かけました。出血と小さな血腫をともなったたんこぶを頭に作った子どもを連れています。
看護師「あらお母さん。こんどは、子どもさん?」
Aさん「子どもまで落ち着きがないから、転んじゃって」
息子のBくんは、その会話がまるで聞こえないかのように、痛そうなのに泣きもせず、ぼーっと立ちすくんでいます。
◆ ○月○日
ソーシャルワーカーX「H市の児童課から連絡がありました。Aさんは夫の暴力が原因で、いまはH市の友人宅。連れ戻される前に避難したとのこと。精神的動揺も激しく、眠れないので精神科の受診も要りそうですし、こちらに一度入院できないのかとの問い合わせです」
◆ ○月○日(病室にて)
Aさん「昨日は、ぐっすり眠れました。薬を飲むのも忘れていました。でも、起きてると何か不安で苦しくなるし、涙が止まらなくて…」
足の傷の時もたんこぶの時も、もしやと確認の機会をうかがっていたスタッフは、本当に安堵しました。
結局Aさんは、一週間の入院中に心理士のカウンセリングも受け、長年の体と心の傷の手当てを始めました。ソーシャルワーカーのサポートで母子寮入寮の手続きや保育所や学校との連絡もすませ、無事新しい生活に入りました。入院中は、電話や面会者のチェックにも病院全体で配慮。夫が姿を現した時も、万一の場合の警察への連絡準備やAさんの病棟移動などで、「医療が必要な」Aさんを守る姿勢が最優先されました。
健康問題から始まって母子自立の保障、子どものケアや教育保障、とDV問題は多彩です。
(筆者は、大阪・阪南中央病院産婦人科医師)