前回、医療問題としてのDV(ドメスティック・バイオレンス)の例をとりあげましたが、その時に登場した被害者のAさん・B君親子の件で関係者会議が開かれました。
◆児童相談員 「先日、Aさんの友人宅でB君に会いました。この友人ですら、なにげなく近づいただけでB君は体をこわばらせて表情が固くなる。接近禁止命令は出ましたが、父親は子どものB君をつけまわして、電話がかかったりもするとか」
◆B君の担任保育士 「雑多な共同生活の母子寮などは、B君には厳しいでしょうね。かといって、母子二人だけの独立した生活も心配です。お母さんは、自分自身がひどい目にあわれていたので、B君を充分に守りきれなかったようですね。B君からすると、今はまだお母さんは安心して甘えられる人ではないみたい…。二人だけだと緊張感が強すぎて…」
◆市の生活保護担当者 「いくら危なっかしいと言っても、親子ですし、二人が頑張るしかないでしょう。生活保護を受けるにしても、お母さんには、早く仕事を始めてもらわないと困ります」
◆心理士 「どうでしょうね。Aさんは今、とにかく逃げたという安心よりもこれからの生活が描けない不安や逃げ切れないのではというこれまでの恐怖の記憶があって、心理的動揺は並大抵ではありません。職場で人間関係を作るのは大変でしょう」
◆私 「Aさんは、元夫の暴力からB君を守れなかった『加害責任』にも苦しんでいますね。以前通院した時の救急外来の看護師に出会うと隠れてますよ。だから、体も心もいろんな症状が悪くなりますしね」
◆弁護士 「なんとか、Aさんが元夫と会わないで、養育費を受け取れるようにしないと」
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本人も含めて何回か協議のあと、二人は母子寮で新しい生活を始めることになりました。Aさんは、すぐに仕事を始めるのは無理でしたが、母子寮の中で少しずつほかの家族と交友関係を作っています。通院治療で、落ち着きを取り戻し精神的に良くなりつつあります。そんなお母さんに、B君も子どもらしい甘えや反抗をみせつつあります。お父さんからの養育費はまだ交渉中ですが…。
このように病院、市の福祉担当者や通園している保育園など、地域社会のネットワークで被害者が安心・安全な生活を取り戻せるようかかわりを持ち続けることが不可欠です。「もう大丈夫だよ。私たちは、いつもそばにいるからね。いつでも声をかけてね」‐それは、この間かかわったすべての関係者が心に持ち続けるメッセージです。
(この項おわり)
(筆者は、大阪・阪南中央病院産婦人科医師)