イラクでは米英軍が破壊した水道や下水道などの生活基盤はいまだに元に戻っていない。フォトジャーナリスト広河隆一さんをリーダーとする「イラク戦争被害調査チーム」が現地で見たものは、人々の不安と苛立ちだった。イラク民衆による行政システム建て直しを妨害する占領軍の犯罪的行為への怒りでもある。(豊田 護)
給水を待つ人々の中で「写真を撮るな」と叫ぶ青年(ウルカスム)
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イラク南部の都市ウムカスル。わずかな海岸線しかないイラクにある唯一の港町だ。三月末、英軍に激しく攻めたてられたところでもある。公園のフェンスの前に人の群れができていた。近寄ってみるとポリタンクを二つ三つ自転車やリヤカーに載せている。給水サービスだった。
「だめだ。撮るな」
その場をリードしていた青年がカメラを構えた私たちを制止した。二人、三人と抗議の声が増えていく。写真好きのイラク人から、こんなに血相をかえて撮影を拒否されたことは初めてだった。なぜなのか。心当たりはなかった。
米英軍の攻撃により、各地の上水道も破壊され、安全な飲み水が手に入らないところが多くある。配管が壊されたり、電気の供給が不十分で浄水場が機能しないところもある。
写真撮影を拒否
別の場所でも、給水車を取り囲むように人々が集まっているのを見かけた。地元の青年たちが手際よくさばいていた。今度は先に撮影の了解をとろうと声をかけた。答えは「ノー」だった。取り付くしまもなく、追い返されてしまった。その形相からは「人が困っているところを撮って、何がおもしろい」。そう言われているようだった。
町から少し外れたところでは、川から水を汲みあげている人もいた。川の水は濁っていた。この地区には給水車も来ていないのかと思った。
調査チームが買い込んだミネラルウォーターは、一・五リットル入りのペットボトルで一本五十円程度。物価水準からすれば決して安くはない。それも、バグダッドやバスラといった大きな都市でしか手に入らなかった。安全な水を得ることが、いかに大切で大変なことか、改めて思い知った。
民衆と同じ視線で
調査チームが使った車には、マスコミ関係者とわかるように、前後に「プレス」と書いたプレ―トを置き、窓ガラスには「TV」とビニールテープで表示した。立ち入り・撮影など取材のしやすさや身の安全を考えてのことだった。
米英軍に対してはある程度役に立った。だが、イラクの人々の中には海外メディアに対する不信感を募らせている者も少なくないと聞いた。海外メディアは侵略軍とともにやってきた。配信される記事は、「略奪」報道に代表されるように、あたかもイラク全土が無法地帯化したかのような印象を与えた。人々の尊厳を踏みにじって恥じない。
調査チームも海外メディアと同じに扱われたのかもしれない。写真を拒否した青年たちの怒りを思った。車に貼った「TV」をはずした。苦しむ人々と同じ視線で見ることの重要性をあらためて感じた。
生活環境の悪化はとくに子どもたちを襲う(バスラ近郊)
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生活を悪化させる占領
下水道処理の機能も低下している。南部の都市シャトラやナシリヤの街では、裏通りに入ると、各家庭からの排水が、道路中央に掘られた排水路に集められていた。もともとそうだったのか、攻撃によって使えなくなった下水道に代わる緊急措置なのか、わからない。行き場のない雑排水は道路一面に広がっていた。
ごみの収集も滞っている。空き地には生ごみが放置され、羊の群れが食べ物をあさっていた。子どもたちも、ゴミの中から何かを拾い上げていた。
小さな子どもたちに下痢や感染症が増えている。栄養不足が体の抵抗力を一層低下させている。悪くすると命を落とす。コレラや伝染病の発生も報告されている。連日四十度を超える日々が続くなか、状況はますます悪くなっていく。
生活環境の悪化は、米英軍による破壊行為の結果である。直接、爆撃の標的にならなかった人々も劣悪な生活条件の中で苦しみを強いられている。不当に破壊した生活基盤を放置することはさらなる犯罪行為だ。放置どころか、イラク民衆自身の手による行政機構づくりを妨害さえしているのが占領軍である。彼らがすべきことはイラク民衆に対する謝罪と補償、そして一日も早い撤退である。
(続)