ロゴ:カルテの余白のロゴ 2003年12月05日発行816号

『赤ちゃんは誰のもの?(下)』

 赤ちゃんへの思いは、お母さんの年齢を問わず、決して、単純ではありません。しばしば、とても複雑な感情をともなっています。最初は、心から妊娠を喜んでいたつもりでも、しだいに、胎内の子どもに対する、不可解な違和感に、苦しめられる妊婦さんや、産後のおかあさんがいます。

 つわりの時期も重なって、Aさんの表情は、受診のたびに、無表情になっていきます。

A「何も食べる気になれないんですが、赤ちゃんのために、努力が足りないって言われて」

私「つわりは、努力では、コントロールできないけど」

 A「がんばっても、うまく食べれません。なぜでしょう?」

Aさんは、優秀なプログラマーで、職場でも高く評価されていたようです。ところが、妊娠はどうも勝手が違う。

 つわりの時期が、なんとかおさまったころ、

A「赤ちゃんが、変なんじゃないかって不安です。頭の形が、普通じゃないみたい」

 超音波で見た胎児の頭が、長細くて丸くないことを言ってるようです。それは、普通の見え方でみんなそうだと言っても納得できません。

A「絶対にちゃんとした子を産まないといけないんです。彼は長男だし…」

 聞けば、夫も一流大学を出た優秀なサラリーマンで、ふたりの実家からは、相当に期待されているようです。そういえば、つわりの時も実家のおかあさんたちは、「こんなことで、赤ちゃんは、大丈夫でしょうか?」とばかり言われるのが、とても気になりました。夫も誰も、Aさんのからだのことを「大丈夫?」と言ってくれないのです。

 ピカピカの元気な赤ちゃんを手にしたAさん。夫も実家の両親たちも、大満足です。ところが、

 A「わたしの子じゃないみたいな気がして。おっぱいをやっても、おむつを替えても満足してくれず、泣き止まないんです」

数日後、「この子は、絶対に変!」と言って、赤ちゃんを抱けなくなったうつろなAさんが、家族につれられて、やってきました。

A「どうしてこんなことになったのか。仕事してた時が、良かった…」と泣いています。

 学校も、仕事も、求められたことは、全部一生懸命とりくんで、まわりのみんなに認められる成果を挙げてきました。うまくいかなかったのは、初めてです。赤ちゃんは、努力目標や成果ではないのだけれど…。『成果』ではなく、それにとりくむAさん自身が、とても大切な存在だと誰も言ってくれないのでしょうか。

(筆者は、大阪・阪南中央病院産婦人科医師)

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