ロゴ:国際法を市民の手に 前田朗 2004年01月02日発行820号

第34回『レムキンとジェノサイド条約(2)』

 レムキンの当初の提案は採用されなかったが、ニュルンベルク裁判ではナチスの犯罪を人道に対する罪で裁いた。

 これに対して、レムキンは「新しい構想には新しい用語が必要だ」と考えて、一つの国民や民族集団の破壊を狙う行為をジェノサイドと表現した。誤解されがちだが、ジェノサイドとは一つの国民や民族集団を破壊したことではない。集団が集団として存続することを妨げるような、生活の不可欠の基礎を破壊しようとする各種の行為がジェノサイドである。

 レムキンは次のように述べている。

 「そうした計画の目的が、国民集団がもつ政治社会制度、文化、言語、国民感情、宗教および経済を分解することであり、人々の安全、自由、健康、尊厳、その集団に属する諸個人の生命さえも破壊することである」

 ジェノサイド概念をはじめて提唱した1944年の著作『占領欧州における枢軸支配』で、レムキンは枢軸諸国や占領地域における支配の法規を描写している。その上で、レムキンは各種のジェノサイド概念を提案している。

 政治領域:人民自身の政府を破壊し、ドイツの植民地としてドイツ的統治方式を押し付けること。

 社会領域:国民の社会的結合を損なうこと、精神的指導性を有する知識人などを殺害したり移動させること。

 文化領域:文化施設や文化活動の禁止や破壊、人道的思考を妨げるために人文領域の教育を職業教育に転換すること。

 経済領域:富のドイツへの移転、ドイツ主義を促進しない貿易の禁止。

 生物的領域:占領地域における人口減少政策。

 精神的存在領域:非ドイツ人、特にユダヤ人、ポーランド人、スロヴェニア人、ロシア人に対する飢餓政策と殺害。

 宗教領域:精神的のみならず国民的指導性ももつ教会活動の妨害。

 道徳領域:ポルノグラフィ流通、過度の飲酒による道徳退廃をつくりだすこと。

 レムキンが考えたジェノサイドには2つの局面があった。第1は抑圧された集団の国民的特質の破壊であり、第2は抑圧者の国民的特質の押し付けである。これとの関係では、1919年に設立された戦争犯罪委員会が用いた「非国民化denationalization」が思い出される。レムキン自身、「非国民化」犯罪はジェノサイドと類似していると述べている。

 レムキンの認識では、ナチスは他民族に対して3つの区別を行っている。第1にオランダ人、ノルウェー人、フレミング人、ルクセンブルク人は「ドイツ化」される。第2にポーランド人、スロヴェニア人、セルビア人はナチスの計画に登場せず、無視される。第3にユダヤ人は破滅させられる対象である。

 民族をせん滅する政策や手段を解明しようとして、レムキンは領域別の分析を行ったのである。そのうえでレムキンはジェノサイドの法概念を構築するため、第1次大戦後の条約や当時の国際法に立ち帰る。ハーグ陸戦法規慣例条約を改定してジェノサイドを導入する提案である。改定の第1は、その集団に属することを理由に行われる生命、自由、健康、名誉等に対する侵害行為である。第2は、集団の一つの破壊または増大をねらった政策である。レムキンは、国際機関が占領地を訪問して、占領下に置かれた者の状況を調査できるようにハーグ条約を改正するべきだとした。

 第1次大戦後の諸条約には実効性がなかったので、レムキンは、ジェノサイドの罪を効果的に適用できるように司法制度を整備し、ジェノサイドを命じた者も実行した者も処罰すべきだとした。また、ジェノサイドの罪について、奴隷制、人身売買、海賊の禁止と同様に、普遍的裁判権を設定するべきだとした。

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