ピクテは、『国際人道法の発展と諸原則』において、古代から近代に至る戦争法を追跡し、近代における人道法の発展(一連のジュネーヴ条約)を整理した上で、「人道法原則」をまとめている。
人道法原則前文の冒頭にはマルテンス条項が掲げられる。
「諸条約による規定がない場合は、文民と戦闘員は、確立された慣習と人道の諸原則、並びに公共良心の要求に由来する国際法の諸原則の保護と支配のもとに置かれる。」
1899年のハーグ会議におけるロシアの国際法学者フレデリック・ド・マルテンスの提案によるこの条文は、1977年の議定書にも継承されている。
また、1949年ジュネーヴ諸条約共通第3条の末尾の文言も引用される。
「人道法の適用は、紛争当事者の法的地位に影響を及ぼすものではない。」
これは非国際的紛争にも人道法を適用するための考案であった。敵対者を交戦者として認めていなくても、人道法を適用することを要請している。
これに人間法(人間尊重法)の基本原則が続く。武力紛争法と人権法の双方を網羅するものである。
・ 軍事的必要性と公共秩序の維持は、常に人間の尊重と両立されなければならない。
・ 交戦当事者は交戦相手に対し、敵の軍事力を脆弱にし、破壊するという戦争の目的に照らして不均衡な害を与えてはならない。
・ 敵対行為にある者と直接戦闘行為に参加しない者は尊重され、保護され、人道的に扱われる。
・ 紛争当事者が、戦争の手段と方法を選択する権利は無制限ではない。
その上で国際人道法の共通原則が確認される。第1原則は、ジュネーヴ法と人権法に共通の「非暴力の原則」である。
・ 戦闘で傷ついた者には暴力を加えてはならない。投降した敵はその生命を保護される。
・ 拷問や対面を汚す非人道的な刑罰は禁止する。
・ いかなる者も、法の下に一個の人間として認められる権利がある。
・ いかなる者も、自分の名誉、家族としての権利、信念と習慣を尊重される権利を持つ。
・ 苦痛にあえぐ者は誰でも保護され、その状況に応じて援助を与えられる。
・ いかなる者も、家族と通信を交換し、救済物資を受ける権利を持つ。
・ いかなる者も、個人の財産を恣意的に奪われることはない。
第2原則は「非差別の原則」である。
・ すべての人間は、人種、性別、国籍、言語、社会的な地位、貧富、政治的、哲学的、宗教的な意見やその他類似の基準によるいかなる差別もなく扱われる。
・しかし、個人的状況及び個人的な必要や苦痛から生まれる不平等に対処するために、個人の利益を考慮して待遇上の差別が行われるべきである。
第3原則は「安全の原則」である。
・いかなる者も、自分が犯していない行為について責任を負わされることはない。
・ 復仇や集団への科刑、人質をとること、国外追放は禁止される。
・ いかなる者も、慣習法上の保障よる利益を受けることができる。
・ いかなる者も、人道的諸条約により付与された権利を放棄することはできない。
以上の諸原則のそれぞれが国際法に登場したのは決して同じ時期ではなく、1864年のジュネーヴ条約に書き込まれていたものもあれば、1949年のジュネーヴ諸条約に登場するものもあれば、世界人権宣言などの人権法に由来するものもある。いずれにせよ、ピクテはこれらを整序して、今日の人道法の基本原則として位置づけている。