「案ずるより産むが易し」という言葉があります。一般的には、お産というものは自然の経過にまかせておけばうまく赤ちゃんは生まれてくるものだ、というように後半の「易し」が強調されて理解されているように思います。
たしかに、お産を「案ずる」ことが強調されすぎると、先走った不要な処置や投薬が横行し、時には危険なお産をわざわざ作ってしまうことになります。それが、「だから病院はいや!」「絶対、自然がいい!」という考えにつながるのでしょう。
でも実際は、母体や胎児になんらかの異常をともなって、「案じ」ながら分娩を見守り、濃厚な医療的処置が必要になることも少なからずあります。いわば「案ずる」ことが、なにより優先されなければと思うこともしばしばです。
本来のお産の自然な流れにのって、気持ちもからだもゆったり、しかも緊急時のための対策も整った安心なお産は、どうすれば実現できるのでしょうか?
Aさんは、初めてのお産が間近です。注射は大嫌いだし、痛みには人一倍敏感で、できるだけ自然に楽に産みたいと思っています。家庭的な雰囲気のある個人の産院か助産所で産みたかったのですが、実家のおかあさんが「初孫だし、万が一のことがあっては大変」と、わたしの病院で予約をしてしまいました。
A「すっごく怖いんです。痛いですよね。最後は切る(会陰切開)んでしょう? 機械(分娩監視の)をつけたり、点滴したりするんでしょう? わたしひとりで、分娩室で産むなんてできない!」と、浮かない表情です。
陣痛が始まったAさん。今にも泣きそうな姿でおかあさんに伴われて入院されました。
陣痛はだんだん強くなり、自称「痛がりさん」には本当につらい事態となりました。おかあさんは一生懸命腰や足をさすり、仕事を終えてかけつけた夫は汗をぬぐったり冷たい飲み物を吸い飲みでふくませたり。みんなAさんをかこんで一生懸命です。すでに出産の経験のあるお姉さんまで夜遅くにみえました。「あー。その感じはまだまだこれからや、もっと力ぬかんと」と余裕のアドバイス。
最後には点滴も機械(分娩監視の)もついてましたが、切開はせず、無事赤ちゃんが産まれました。家族みんなに見守られて出産したAさん。「『案ずるより産むが易し』って、このことですね」と、こぼれる笑顔で一言。ところがその直後、子宮から多量の出血があり、結局、点滴からいろいろな薬を入れたり、検査もすることになりました。手当てが早く、大事にはいたりませんでしたが…。
何人かのお産を紹介しながら、安心で安全なお産についてもう少し考えてみましょう。
(筆者は、大阪・阪南中央病院産婦人科医師)