産婦人科というと、まずは、はちきれんばかりのパワフルな妊婦さんが目に浮かびます。でも本当は、0歳から100歳まで、あらゆる年齢の女性の健康問題にかかわるところです。80歳・90歳をこえても産婦人科に相談にみえる出会いがあります。
その中でも、数多く見られるものに、子宮や膀胱が下がって、極端な場合は膣から股のあいだに出てくる「子宮膀胱脱」という病気があります。内臓下垂のひとつのかたちですが、膀胱の位置が尿道口より低くなるので、尿もれや頻尿、排尿したいけれどうまく出せないなどの症状が起こります。なによりも、股のあいだにいつも子宮がはさまっている感じがとても不愉快です。
最近でこそ、高齢の方でも婦人科を受診することがあまりめずらしくなくなってきていますが、やはり敷居は高く、受診をためらう方、やっとのことで受診される方が大半のようです。
高齢の患者さんのお話を聞いていると、女性の生活史や女性にとっての医療について、いろいろな意味で深く考えさせられることがよくあります。
息子さんの奥さんであるBさんに連れられて受診したAさんは、82歳。もじもじと、うつむいてだまっておられます。
B 「だいぶ前から隠れてこそこそ下着洗ってるんで、気になってたんです。この前、のぞいて見たら、えらい茶色くて汚れてるんです。いややいうけど、なんか怖い病気かもしれんので、あわてて引っ張ってきたんです。おしっこも漏れてるんかもしれません」
私 「年とってから婦人科なんかに来るのは気が進みませんよね。でもね、この年ごろになって出てくる子宮の下がる病気があるんですよ」と水を向けると、やっとポソポソと、話し始めてくださいました。
A 「ほんまに、恥ずかしいですわ。すんません。こんなとこ診てもろて。誰にも、言わんとこと思てましてん。そんでも、おしっこしたいのに出えへんと脂汗でますわ」
診察すると、やっぱりかなり進行した子宮膀胱脱です。よくまあ、ここまで辛抱されたものだとびっくりです。小学校を出て、ほどなく、農家に嫁いだAさんは、何人もの子どもさんをほとんど農作業の合間に出産されたようで、出産直前まで働き、出産直後にはもう畑仕事に出たとのこと。産後すぐからの重労働は、骨盤底の筋肉の回復を悪くしたにちがいありません。身を粉にして働き、子育てに追われ、いわば名誉の勲章のような病気ですが、「こんな病気になって恥ずかしいです」といわれます。
高齢の方々の診療では、こういった時代の中でかたちづくられた性器への特別な感情に、まず、じっくり丁寧におつきあいすることが、具体的な治療以上に大切です。
(筆者は、大阪・阪南中央病院産婦人科医師)