ロゴ:童話作家のこぼればなしロゴ 2004年09月15日発行854号

(33)『桜とサクラ』

 仁川国際空港からソウル市内の向かう車の中。窓に顔を貼り付けてソウルの市街地を見ていた私は、「韓国に桜の木はありますか?」と唐突に女性ガイドにたずねた。動物が専門で植物はさほど得意でない私でも、幹に独特の横縞模様を持つ桜の木はわかる。しかし天気は雨。なかなか桜の木が見つからなかったのでたずねたのだ。

 私の突然の質問に、それとも質問の内容に驚いたのか、女性ガイドは、「桜、ありますよ、あります」と笑いながら、すこし訛った日本語で答えた。しばらくの沈黙の後、ガイドは質問の内容が気になったらしく、「どうしてですか?」と聞き返してきた。「いやぁ、『伐採運動』があったでしょ」と私が返すと、ガイドはやはりそのことかと納得したように何度も首を立てに振りながら、「ちゃんとあります」と答えてから黙った。

 乗り合わせた日本人の旅行客から、「『伐採運動』って何ですか?」と私に質問がきた。「過去の問題」も知らずにやってきたのかとちょっとムッとしたが、これを期に勉強して欲しいと思い冷静に説明した。

 「植民地時代、日本人がソメイヨシノを朝鮮に植えてから、この地で花見が始まったのです。でも、桜は日本の象徴。解放後、多くの桜が伐採されました。桜には何の罪もないと、止める人もいたのですが、80年代にはまた、『伐採運動』が再発したのです。今はどうかなと思って」

 旅行客は神妙に聞き入っていた。実は韓国に桜の木が残っていることも、伐採がどのように止まったかも私は既に知っていた。伐採が止まった理由は、ソメイヨシノの原産地が済州島の漢拏山(ハルラサン)という説が韓国で広まったからだ。つまり、原産地?韓国の桜が日本に渡って、また帰ってきたのだから切ってはいけないというものだ。日本のソメイヨシノはその起源が諸説あってハッキリしていないが、兎にも角にもこの説が世に出て止まったのは事実だ。

 ガイドには失礼にことをしたが、私がわざと「韓国に桜はありますか?」とたずねたのは、「桜」という言葉に、現地の人たちがどのような反応をするのかを確かめたかったから。

 「もう切ったりしませんよ」

 ガイドは念を押すようにいったが、1972年に造られた江原道横城郡にある「3・1公園」(独立記念公園)の桜は、土地産か日本産かで今ももめている。もし日本産ならば伐採すると公園側がいっていることを、私は口に出さず胸の中に飲み込んだ。

 思ったとおり、デリケートな反応だ。そんな韓国に、03年4月、「サクラ」という名前のメスのゾウが、日本から渡った。

 彼女はソウル大公園でどのように暮らしているのか? 名前は当然、変わっただろうなぁ……。会う楽しみよりも心配が先走った。

ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS