「医者にかかる金がない。病院に行くタクシー代もない」。失業状態が続くイラクでは、貧しさが健康までもむしばんでいる。汚職と腐敗にまみれた占領当局は、インフラや住環境の整備をサボタージュし、医療体制の修復すら取り組まない。市民レジスタンスのメンバーは、無料医療サービスの提供など貧しい人びとの命と健康を守るため地道な取り組みを続けている。
荒廃した医療現場
「イラクの医療は混沌とした状況にある。患者は長蛇の列、病院では適切な処置が施されていない」
貧しい人を無料で診療するディア・アルハヌシュ医師(キルクーク)
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バグダッドの総合外科病院でカウンセリングを担当しているウィサムは、暗い表情で話し始めた。
「私の病院の話をしよう。病院にいる専門医たちはほとんどが個人的に医院を開設している。病院で診た患者を自分の個人医院に来させるようにする。公的な病院には今も安い料金でかかれるのに、個人の医院では高額な医療費を請求される」
医者は収入増をもくろみ、医療を必要とする人びとはますます医者にかかれない状況においやられている。医療現場の荒廃は、さらに深刻な事態にあった。
「医療大臣がムスリムでない医者は解雇すると公言している。実際、病院の管理者にはイスラム政党の党員以外はなれない。病院内で宗教儀式が公然と行われるようになった」
占領軍は、宗教勢力を取り込み占領統治に利用しようとしてきた。かいらい政権に参加する政党は、行政サービスの提供などは後回しで、権益争いにしのぎを削っている。政権政党の党員でないと採用されないという話も聞いた。
「医療スタッフに対する差別だけでなく、患者に対してまで宗教や民族などの違いによる差別があらわれている」
語られたエピソードは耳を疑いたくなるものだった。
「麻酔を施され眠っている患者を前に、取り囲んだスタッフが『サダムの支持者だ、けがれた患者だ』と公然と口にする。手術台の患者に、死に値する人だとさえ言う。結局、爪だけ切って必要な手術はしなかった。人権侵害以外の何ものでもない。殺人と同じだ」
中東一高い水準にあったイラクの医療体制は、経済制裁や戦争によって壊滅的な打撃を受けている。その上、占領体制の腐敗が医療スタッフの心さえむしばんでいる。
だが、患者の立場に立った医者がいないはずがない。イラク失業労働者組合(UUI)は貧困者のために無料医療サービスの提供を実現した。いまだバグダッドとキルクークに限られているが、50以上の医療機関・個人医院の協力を得ている。ウィサムもその一人だった。
貧しさが健康を蝕む
キルクークの街でUUIの無料医療に協力する医者を訪ねた。ディア・アルハヌシュ。ムスリムだという彼は、次のように語った。
キルクークの“病院通り”。病院と薬局が多い
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「私たちの宗教教義からすれば、協力するのは当然のことだ。私たちが人びとを助けることで、神の助けが私たちにやってくる、。単なる治療行為が人の助けになっているだけのこと。あなたが、驚いたように取材に来たことに、私は驚いている」
ディアは泌尿器科の専門医。個人医院を病院通りと呼ばれる地区に開いていた。通りには、文字どおり多くの病院・薬局が軒を連ねている。この通りで8人の医者がUUIに協力している。
「私たちにとって患者のために処方箋を書いたり、食事指導をしたりすることは何ら難しいことではない。貧しい人びとが住む地区での健康状態は大変悪い。治療しないと慢性化する病気が増えている。手術をしなければさらに悪化するものが増えている。診察に来ることさえできれば病気は良くなる」
貧しさが、健康に大きく影響を与えている。貧しい人びとが暮らす地区には慢性病・感染症が広がっているという。金が払えず、適切な診察・治療が受けられないからだ。
失業者から感謝の声
人びとはUUIの事務所を訪れて必要な病院の名が書かれた無料医療券を受け取り、目的の医者を訪ねる。診察・治療が無料で受けられる。手術料さえいらない。多くの失業者から感謝の声を聞いた。
だが、UUIの取り組みは貧しい人びとの命を守る緊急措置に過ぎない。「病院で適切な治療を受けられても、患者が家に帰れば劣悪な生活環境が待っている。すぐに再発してしまうことが一番の問題だ」とウィサムは指摘した。
人びとにとって、職を取り戻し安全な水と充分な食料を手にできることが健康を維持する大前提であることは間違いない。自由・平等の社会建設をめざす市民レジスタンスが果たすべき役割は大きい。(続く)