ロゴ:国際法を市民の手に 前田朗 2005年03月11日発行878号

第63回『女性国際戦犯法廷(1)』

2005年1月12日、朝日新聞が報じたNHK番組改変問題は、2000年12月に東京で開催され、2001年12月にオランダのハーグで最終判決が言い渡された女性国際戦犯法廷に再び光を当てた。

 日本の女性運動が提案し、韓国、朝鮮、中国、フィリピンなどの女性運動の大歓迎を受けて準備が進められた女性国際戦犯法廷は、戦後の東京裁判(極東国際軍事法廷)では裁かれなかった犯罪を取り上げた。第1に、天皇の戦争責任を公然と追及する画期的な営為であった。第2に、女性に対する性暴力としての組織的強姦や性奴隷制を明るみに出した。法廷を取材した世界のメディアは当然この2つを大きく報じた。

 ところが、日本のマスメディアの多くは徹底して無関心を装い、事前報道も事後報道も限られたものでしかなかった。

 NHKのETV特集が過去の戦争犯罪や人道に対する罪の「裁き」に焦点を絞り、ナチス・ドイツ、アルジェリア戦争、旧ユーゴスラヴィア等と続く戦争犯罪の現在に向き合おうとし、女性国際戦犯法廷を番組で取り上げようとしたのは自然な流れであった。「問われる戦時性暴力」――それは現代世界における最重要の人権問題である。

 戦場強姦や性奴隷制といった明らかな戦争犯罪は、様々の理由にならない理由をつけて免罪されてきたが、1990年代には、ウィーン世界会議、北京世界女性会議、国連人権委員会、人権小委員会、女性の地位委員会などで集中的に議論が行なわれ、それがまぎれもない戦争犯罪や人道に対する罪であることが確認された。その結果、1998年のローマ会議で採択された国際刑事裁判所規程は、強姦、性奴隷制、強制売春、強制堕胎などを戦争犯罪と人道に対する罪のカタログに書き込んだ。

 国際的議論の大きなきっかけとなったのが日本軍「慰安婦」問題であったが、今度は逆に、国際的議論の高まりに励まされて女性国際戦犯法廷が立ち上がった。

 1月30日に放映される予定だったETV特集は、女性国際戦犯法廷を呼びかけて実施にこぎつけたVAWW NET Japanの協力の下に制作された。半世紀の沈黙を破って世界に衝撃を突きつけた性暴力被害者、法廷を準備し担った日本の女性たち、アジア各地の被害者支援団体、徹底した調査に基づいて起訴状を準備した各国検事団と首席検事、国際法がすでに持つ正義を確証するために登壇した判事団、そして法廷に参集した日本とアジアと世界の女たち、男たち。はるか彼方の夢を引き寄せ、確かな現実に描きなおして見せた法廷が、2000年12月の東京を震撼させた。

 しかし、願いは無惨に砕かれ、改竄(ざん)と隠蔽と虚妄の暗幕が再び東京を覆ってしまった。

 1月26日、番組放映を嗅ぎつけた右翼団体メンバーが自民党議員らも多数構成員となっている「日本会議」に注進した。ここから安倍晋三や中川昭一など政治家の暗躍が始まるが、その全貌は定かではない。

 1月28日までにVAWW NETの松井やよりインタビュー、姜徳景ハルモニの絵画、法廷にアミカス・キュリエが存在したこと、エンパワーメントとしての法廷を強調する米山リサ発言が消された。他方、法廷を非難する秦郁彦・日大教授発言、司会が民衆法廷の問題点ばかり列挙する場面が追加された。

 1月29日には、法廷の判決そのものが消された。被害者証言をどう受け止めるかについての米山発言、日本政府の責任についての高橋哲哉発言も消された。

 放映当日の1月30日には、中国人被害者と東ティモール被害者の証言および加害者である元日本兵証言が消された。

 こうして番組は当初の内容からはかけ離れたものとなって放映された。表現の自由など歯牙にもかけない政治家と、自民党と癒着したNHK上層部による番組改竄の事実は当時から疑われていたが、朝日新聞のスクープは隠された闇を暴いたのである。

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