ロゴ:童話作家のこぼればなしロゴ 2005年06月10日発行890号

『命のリレー(下)』

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 4月6日の夜10時ごろ――。自宅で突然、電話のベルが鳴った。こんな遅くにだれかなと思いつつ受話器を取り上げると、声の主は3日前に豊岡で出会ったY新聞の松田記者だった。

 「生まれました! キムさん、紫の子どもが無事、生まれましたよ! コウちゃんはおばあちゃんなりましたね」

 私はその夜、うれしさのあまりなかなか寝付けなかった。ようやく眠ると、コウちゃんとタマ、そして紫とその子どもが一家そろって空を飛ぶ夢を見た。

絵本『くちばしのおれたコウノトリ』(素人社)に、私は次のように書いた。

――1994年6月17日、朝5時5分。寝ないで見守った松島さんの目から熱い涙がこぼれ落ちていました。武生から豊岡へきて23年。ついにコウちゃんはヒナを産んだのです。

 「いいか、おまえのとうさんやかあさんが飛べなくなったあの空を、おまえは飛ぶんだぞ!」

 松島さんは生まれたばかりのヒナを手に乗せ、飼育室の窓から大空を見せてやりました。

 「コウちゃんは大空に帰してやれなかったけれど、この子は、必ず大空へ帰してあげるからね!」

 松島さんは心の中で、白山小学校の子どもたちともう一度約束をしました。その声が聞こえたのでしょうか、コウちゃんの産んだヒナは大空へ向かってはばたきを始めました――

 夜が明けると、関係者から正式に報告があった。さらには多くの新聞社が、コメントを求めて電話をして来た。

 「コウちゃんやタマ、そして一人娘の紫と生まれたヒナ。絵本に登場した鳥たちもたいへんだったけれど、コウちゃんを保護するために一生懸命がんばった白山小学生のみなさんをはじめとする多くの人たちの努力があったからこそできたことです。

 たずさわった人びとの熱い思いのおかげで、34年にも及ぶ『命のリレー』が成し遂げられたと思います。生まれたヒナは、コウちゃんやタマが飛べなかった空を飛んでほしいです。それがぼくの夢です」

 今年の9月、一度絶滅した野生動物を人工的に増やし人里で放つという、未だかつて世界が経験したことのない取り組みが新たなる一歩を踏み出す。「試験放鳥」として豊岡で9羽が放たれるのだ。その内訳はこうだ。5羽は自然に放ち、ひとつのペアは無農薬の田んぼの囲いの中で放つ。生まれた卵に人は手を触れずヒナは自然に帰す。さらにはハチゴローの「お嫁さん候補」として、2羽が放たれる。

 コウちゃんとタマの孫が、おばあちゃんとおじいちゃんが飛べなくなった空を飛ぶ日が、夢でなく現実となりつつある。韓国でも2012年に放鳥が予定されている。私はこれらの日韓の取り組みを子どもたちに伝える本を、日本と韓国で出版する。

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