2005年07月01日発行893号
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【手術の決断(下)】

 手術をすすめられるような事態になった場合でも、前回(885号)紹介したAさん(妊婦・切迫早産)のように、家庭事情を考慮して結果的には手術とは別の対応を選ぶ余地があることもあります。

 しかし現実には、手術は絶対不可欠の緊急性をもって、「選択」ではなく「決定」として迫られることがほとんどです。手術の選択、決定に当たって重要なことは、(1)手術が不可欠または最優先の手段なのか(2)ただちに行うべきなのか(3)待つ余裕がある場合、待つ間何もしなくてよいのか、他の有効な対策もあるのか(4)手術の前に何か取り組むことがあるのか、などの点であると思います。

 悪性の腫瘍においてさえ、手術が必ずしも最優先、最良の選択とかぎらないことは、以前のシリーズで少しふれました。ところが、たとえば子宮筋腫のように良性の腫瘍であっても、医師からの情報は、しばしば、手術が至上命令であるかのように提供されがちです。

 Bさん(24歳)「おへその下に、ポコンと硬いものが触れて、別の病院で筋腫と言われました」。よく聞くと、今すぐ手術をと言われ、結婚もしていないし子どもが産めなくなるのではと不安になって、別の病院にいきたくなったとのこと。

 私「子宮の上の方で、前方に飛び出す格好に筋腫ができているので、手にふれますが大きさは、鶏の卵くらいですね。内側の腔の広がりに影響してないので、出血や痛みもあまり起こりそうにありませんね」

 たしかに、不都合な症状はまったくないとのこと。前医では、(1)筋腫は切除以外に良い治療がない。ほおっておくと大きくなり、分娩時の大出血が命にかかわったり、流産をおこしやすい(2)小さいうちに取るほうが、簡単(3)薬は一時的に成長を止めるだけで、永久に使えない(4)癌のように放射線治療や抗がん剤で小さくすることはできないなど、言われました。社会人になって2年。仕事にやりがいを感じはじめ、毎日が充実し、活き活き仕事の話をしてくれます。子どもを産む希望も今すぐではないので、当面、数か月おきに筋腫の成長をチェックしつつ待機することになりました。

 良性の卵巣のう種などでも、無症状の時に「いつか、ねじれて出血すると命にかかわるから」と、ただちに手術を迫られることがあります。実際は筋腫にしても、のう腫にしても、大きくなるスピードや程度は個体差が大きく、命にかかわる事態にいたるほうがとても稀なのです。

 「命にかかわる」「妊娠・出産に影響する」といった表現は女性にとって、とくに、夫や子どもなどの家族との生活や女性としての将来の生き方に対し、なかば脅迫的なメッセージとなり早急な決定を迫っていることが多くあります。人生や生活をふり返ることも含め、先にあげた4つの点にそって、よく考える時間と機会を大切にしましょう。(筆者は、産婦人科医)

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