「痴漢は、犯罪です!」という電車の中の吊り広告を、ほとんどの方がどこかでご覧になっていると思います。こんな当たり前のことを大金を費やして広告にしないとわからないなんて、と腹立たしく思われた方も多いでしょう。
日本という国が性暴力にたいして、いかに無知で鈍感であるかわかります。この無知と鈍感が、さらに被害者に対する暴力的行為になっています。
産婦人科は、女性がこころやからだに傷を負ったとき、あるいはそれらについて不安があるとき、なにか知りたいことがあるときにおとずれる場です。たいていは、少し時間がかかっても、適切な処置や投薬、面接を行っていくことで、本人も回復を実感できる治療や情報認識が可能です。
ところが、性暴力でこころとからだに深い傷を負わされた女性は、いろいろな意味で他の受診とは異なる困難性があります。その回復のために医療が提供できること、配慮しなければならないことについて、お話したいと思います。
性暴力被害者への医療は医療の根源に迫る、とても大切な教訓をわたしたち医療者につきつけています。そして、そのつど貴重な学びがあり、そのことが広く女性の医療全体を変えていく力となっています。
「すごく、頻尿で困っています。排尿時に、とても不快な痛みがあるし…」というAさん(19歳)ですが、尿の検査では何も異常ありません。
「独りになると怖いんです。不安に、押しつぶされそうで。眠ってはいけないようで…」というBさん(21歳)。夜中に友人に電話してしまうので、友人も疲れてしまいます。
「時々ぼーっとなって、自分で自分がわからなくなります。記憶もなんか、とんでしまうみたいで…」というCさん(25歳)。どんな、ささいなことでもメモをとるので、友人からよくあきれられてしまいます。
「なにか始めると、とことん凝ってしまいます。でも、どんなにやっても、自分が一番だめみたいで…」というDさん(30歳)。いろいろ初めても、どれもあまり長続きはしません。
この4人のみんなに共通しているのは、学校でも職場でも近隣でも、周りの人との関係でとても生きにくさを感じていることと、いつもどこかに底知れない不安があってそれに押しつぶされそうな苦しさを感じていることです。
その共通した原因がさまざまの性被害体験であることは、初診で語られることもありますし、何年も一般の婦人科疾患としての通院のあと、やっとわかることもあります。
これから、三回にわたり性暴力と医療について、いっしょに考えていきたいと思います。
(筆者は、産婦人科医)