昨年末の国民議会選挙は、イラク社会の混乱に拍車をかけるものとなった。利権に群がる政党各派の利害調整はつかず、相変わらず非難の応酬に終始し、武装勢力は無差別殺戮を繰り返している。人々は占領体制に何一つ期待することはできないことを学んだ。組織化された民衆の怒りは、政府の変革へと向けられている。スレイマニヤ州では、イラク北部クルディスタン地域の闘いをつなぐ核となる市民レジスタンスの動きが活発化していた。(豊田 護)
「貧乏人はより貧乏に」
生活防衛を求めて行われた昨年9月17日の住民集会(スレイマニア)
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「サダム体制の崩壊で、状況はよくなるはずだった。アメリカはクルディスタンを助けにくると人々は思っていた。自由・民主主義、金に困らない生活が始まることを期待した。だが、この2年半、金持ちはいっそう金持ちになり、貧乏人はいっそう貧乏になった。変わったのはそれだけだ。だから住民はわれわれの呼びかけにこたえた」
スレイマニヤ市に「自由公園」と呼ばれる場所がある。以前は軍のキャンプだった。今は人々がピクニックにやってくる。市民の憩いの場所となった。ここの野外劇場で9月13日住民集会が開かれた。50〜60人は集まった。その場で5人の委員が選出された。「市民生活防衛委員会」といったらいいだろうか。
委員会は記者会見を開いて、4日後に同じ場所で再度集会を開くと発表した。独自の新聞も発行した。9月17日の2回目の集会には500人の住民が集まった。委員は35人に増強され、市長あての要求書を採択した。
委員の一人アクラム(35)は、集会成功の背景についてさらに解説を加えた。
「われわれの闘いは、この集会で始まったわけではない。14年間続いている。例えば以前、失業労働者組合があった。自立女性協会もあった。さまざまな種類の組織があり、それらがクルディスタンの闘いのバックグランドとなっている」
14年前の湾岸戦争直後、スレイマニヤから起こった民衆蜂起は、サダム体制・バース党の軍をいったんは追い出した。「民衆革命」とアクラムは呼ぶ。だが、その後生き残ったバース党は銃で闘いをつぶした。加えて、クルドの民族政党は、すべてをサダム体制や国連の経済制裁へと責任転嫁し、民衆の闘いを妨害する側に回った。
腐敗を許さない
市民生活防衛委員会のメンバー。右端が開くラムさん(11月3日)
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「当局は、はじめ集会開催を許可しなかった。『テロリストがいる、注意しろ』『デモもストもするな。状況は危険だ』と。しかし、水も電気もこない、言論の自由もない、こんな状況の中で、いったい何が危険だと言うのか。人々は『もうたくさんだ、この状況を変えよう』と立ち上がっている」
かつてスレイマニヤで失業労働者組合を組織し、PUK(クルド愛国同盟)に命を狙われたことのあるアクラムは怒りを隠さない。住民集会で採択された5項目の要求書は直ちに、市長のもとに届けられた。
言論・デモの自由、あらゆる市民的活動の自由が真っ先に要求された。これまでいかに多くの市民運動がPUKにつぶされてきたかを物語っている。
第2は、電気・水・医療などのサービスの保障。第3に、日用品価格の高騰を抑えること。そして第4に住宅の確保。いずれも、日常の生活になくてはならないものだが、行政の責任はまったく果たされていない。
「市場では毎日、日用品の価格が上がっていく。トマトの値段が100倍以上になった。給料も多少あがったが焼け石に水。家賃も以前は100ドル程度の家が600ドルにもなった。アパートを裕福な層だけのものにするな、家のない貧しい人々に与えよ、人生の希望を失うようなことはするな、と申し入れている」
要求の最後は、汚職政党役員・官僚の摘発・訴追だ。
「この14年間、権力を乱用し、国家予算で私腹を肥やした政党幹部・官僚に法の裁きを受けさせねばならない。『電気・住宅など、皆さんの要求に応えるには予算が足りない』と言い続けてきた。その一方で、関係者の豪華な建物が建っていく。まともな話し合いもしない政府に人々は『なぜだ』と声を上げている」
「団結すれば勝てる」
委員会は、市当局と交渉を持った。中心メンバーの一人であるノザッドが付け加えた。
「われわれが計画してい
たデモ・ストについて話をしたら、『デモやストライキはしないでくれ』『回避するためなら何でもする』とまで言った」。だが当局は、言を左右して、要求に応えようとしなかった。
交渉後、イラクはラマダン月(イスラム教に基づいて、日中断食を行なう1か月間)に入った。委員会はラマダン明けの11月、さらに攻勢をかける。
10月初め、委員会の呼びかけでスレイマニヤ州内の活動家が合同会議をもった。アルビルやキルクークからも、やってきた。各地の闘いを踏まえ、要求項目を整理した。スレイマニヤ市民生活防衛委員会の5項目の要求に加え、所得の引き上げ・物価スライド制、生活必需品・食料品の非課税措置、道路・歩道の整備など社会サービスの充実、予算使途の透明化などが上げられた。
占領体制は、民族や宗派による民衆の分断を持ち込んだ。反占領の闘いは、市民生活を取り戻す民衆の闘いの統一を求めている。スレイマニヤ州の小都市カラドザでは、10月下旬、住民がデモに立ち上がり、市当局からガソリンの支給を勝ち取った。参加した住民は「団結すれば勝てる」と確信を持った。 (続く)