ロゴ:怒りから建設へロゴ 2006年03月03日発行925号

第12回『学生デモが施設を解放 イスラム主義者から民衆の手に』


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厳しい練習環境で活動するオーケストラ(11月9日・ラーニア)
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 イスラム教の預言者ムハンマドの風刺漫画に抗議行動が起こっている。イスラム教をあざ笑いテロリストと結びつける漫画に健全な批判精神は感じられないが、対する抗議行動は掲載新聞・大使館などへの脅迫・破壊行為へエスカレートし、反批判とは無縁なものとなっている。事は宗教の問題ではなく政治問題といえる。宗教的対立が煽られ、占領統治の正当化、分断支配に利用されているイラクから宗教と政治の関わりを考えてみたい。イラク自由会議(IFC)のめざす政教分離の社会はなぜ必要なのか、どう実現していくのかが理解できる好例があった。(豊田 護)


ラーニア芸術大学

 イラク北部スレイマニヤ州の小都市ラーニア。人口10万人足らずの街の中心部を、道路がイラン国境に向かって東に伸びている。

 この道路に面して塀に囲まれた建物があった。塀には絵が描かれ、玄関の上には「ラーニア芸術大学」と色彩豊かな看板が掲げられていた。校舎2階の窓には、楽器を抱えた学生の姿が見えた。

 音楽部長ヒワ・ムスタファはあいさつもそこそこに、「この街には、学生が芸術を学ぶのにふさわしい建物が何もない」と不満を口にした。

 「コンサートをしようにもこの街のホールは小さすぎる。クラシックのオーケストラは演奏会のためにスレイマニヤまで行かねばならない。レコーディングのために毎日アルビルまで通った」

 アルビル、スレイマニヤへはそれぞれ100キロメートル前後の距離がある。車で1時間から2時間近くかかる。

 「練習にもこと欠く。どのパートも学生の技量はとても高いのに残念だ」

大学玄関の看板。各分野とも学生の技量は高い
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 陶芸、彫塑、絵画などどのジャンルも事情は同じようだ。高い水準の作品も展示するギャラリーがないと嘆く。

闘いとった学舎

 この建物を芸術大学として使い始めたのは、3年前。イラク戦争直前の時期にあたる。建物自体は1980年代に建設された。91年の湾岸戦争後、反バース党蜂起を経て地域を支配する民族政党PUK(クルド愛国同盟)とイスラム主義者との間で戦闘が続いた。いつの間にかイスラム主義者がこの建物を占拠し、居座った。PUKはイスラム主義者とのすみわけをはかりながら、共存の方針をとっていった。

 「4年前からこの建物を大学として使わせてほしいと申請していた。当局からは、なかなか許可は出なかった。そこでわれわれはデモに出た。多くの学生が『私たちにはこの建物が必要だ』と通りに出て訴えた」

 デモは、3回、4回と繰り返された。結局、イスラム主義者はモスルやティクリートなど他の都市へ出て行ったとヒワは言った。

 IFCを構成するイラク労働者共産党(WCPI)のメンバーが、デモの提案や組織化をサポートしていた。

 同席していた教員のセディグ・ウスマンは当時の様子を教えてくれた。

 「われわれがこの建物に入ったときは、中に武器がたくさん残っていた。男たちが占拠し、モスクのようだった」

 それまで中学校の4つの教室や幼稚園などを使い練習してきたことを考えると、環境は随分よくなった。だが、まだまだ十分なわけではない。

巨額の税金を投じて建設されたモスク
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 なにより、ここで学んだ学生たちがその技量を発揮できる機会は、今のイラク社会には用意されていない。

 「学生たちは教材費などの負担はないが、卒業後の就職先はほとんどない。優秀な学生は大学に残って教員になることもできるが、1人か2人でしかない。絵画を学んでも、街の看板屋の職でもあればいいほうだ」

 校舎の案内をしながらセディグはそう付け加えた。彼はこの大学を首席で卒業した。そのまま教員になることができたし、イラク国立オーケストラのメンバーとしても活躍している。恵まれた一人だといえる。

譲れぬ政教分離

 政教分離の政府をめざすIFCは、政権樹立後の当面の目標に「宗教財団に所属するすべての資産と財産を没収・回収し、民衆の社会的な必要やレクリエーションや政治上の必要に応えるために活用する」という項目を掲げている。 ラーニア芸術大学の経験は、この政策のモデルケースとして考えることができる。

 宗教財団の資産・財産がどのような過程で蓄積されたのか詳しくはわからない。ただ、80年代後半以降、サダム・フセインは各地で多くのモスクを建設した。支配力の低下を宗教勢力を取り込むことで補おうとした。バグダッドの街には、世界最大といわれる巨大モスクが建設中の姿をさらしている。

 クルド地域でも、豪華なモスクが建てられた。当局から100億円規模の資金が投入されている。100ヘクタールの土地が提供され、税の免除まで受けている。民衆に解放されて当然のものだ。

 イスラム主義者あるいはイスラム政治勢力とは、政治目的を持った集団である。イスラム教の考え方を政治支配の原理とするものであり、個人の内心の自由、心の安定を願う宗教心に応える宗教活動とは目的を異にするものだ。宗教としてのイスラム教の活動と政治集団としてのイスラム政治勢力の行動とは、区別して考えなければならない。

 占領下のイラクでは、イスラム政治勢力がキリスト教徒を迫害している。イスラム国家をめざす彼らは、宗教の自由は認めない。昨年制定された新憲法には、イスラム教を国教とすることが明記された。

 これに対し、宗教を国家と教育から完全に分離することを掲げるIFCは、宗教および無神論者の自由を宣言している。信教の自由、さらには神を信じない自由をも保障するためには、特定の宗教を国教としてはならないのは当然のことだからだ。 (続く)

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