イラク政府の組閣が始まった。マスコミは「正式政府発足へ」と報道しているが、イラクの民衆にとっては何の意味もなさない。戦闘・占領によって破壊された社会は「新自由主義の市場」と化し、差別と貧困は一層深まるに違いない。占領体制に対する民衆の怒りは蔓延している。イラク自由会議(IFC)とともに、政教分離と自由・平等の社会建設へ。平和を求める世界の民衆の共同の闘いだ。(豊田 護)
病院建設計画
「病院建設のプロジェクトを成功させるため、今キルクークに住んでいる。場所も決まり設計図も出来上がっている」
すべての子どもを救うには社会を変えることだ
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イラク失業労働者組合(UUI)のカシム・ハディ議長がそう言った。思いもつかない話だった。バグダッドで活動しているカシムがキルクークに住んでいる。移り住まねばならないほどのプロジェクトなのか。バグダッドの彼の家は、女性シェルターをかねていた。妻であり、シェルター所長であるナダも一緒に引っ越したのか。シェルターはどうなった。矢継ぎ早に質問した。
バグダッドの家には別の人が住み、シェルターを継続していること。ナダもキルクークで女性自由協会(OWFI)の副議長として、北部石油会社の女性労働者の組織化や女性囚の解放のために活動していることを聞いた。そしてなによりも、病院プロジェクトのスケールの大きさを聞いて得心がいった。
「健康センター及び付属医療施設(緊急病棟・産科病棟)開設及び修復プロジェクト」は、総事業費45万ドル、実に30万人以上の人々に救いの手を差し伸べるプロジェクトだった。
「失業労働者組合は、無料診療サービスを提供し、その継続に努めている。これまで4580人以上の失業者とその家族に無料診察を行ってきた。このサービスを継続し、さらに拡大するため、わが組合はキルクーク市医療局に病院開設の申請を提出、許可が降り次第、私有ビルを取得する」
無料医療拡大めざす
UUIが病院を建設するというのだ。プロジェクトの企画書はそう書きだしている。バグダッドやキルクークで医者の協力者を探し、無料診察券の取り組みをはじめたことを聞いたのが、一昨年の夏だった。貧困にあえぐ民衆にとって大きな支えになっていた。この活動を評価し、カナダの人権団体が資金援助を申し出た。UUIは、その資金でもっと多くの人に無料医療サービスを提供しようと病院建設のプロジェクトをたてた。
最初はバグダッドで建設する予定だった。ところが、バグダッド当局はUUIの影響力が一層拡大するのをおそれ、許可を与えなかったという。キルクークは次点の候補地だった。連帯(アル・タザムン)地区を運営し、病院労組や石油労組にも影響力を持つIFC、無料診療の実績のあるUUIに対し、キルクーク市は申請を認めざるを得なかった。
病院の候補地は、多くの失業者が居住する地域が選ばれた。その地区の周辺人口2万5千人。近辺に利用できる医療施設はない。
「安全な日本が好き」と言った来日したサナリア(左)とその家族
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「この地区の住民は多様な宗教からなる。わが組合は、同地区のさまざまな政党が作り出している紛争からの脱出路、解決策を与えることができるだろう」
宗教・民族による争いを無意味にするには、自由・平等を掲げるIFCに対する民衆の信頼を確かなものにすることだ。無料病院の実現が民衆の支持を得ることは間違いない。夜間外出禁止・渋滞、そんな時でも身近に救急や産科の病院がほしい。そんな人々の期待にも応えるようプロジェクトは考えられていた。これが実現すれば、周辺の30万人の人々に安心を与えられる。
資金不足で休止
イラクの医療の現状は、悲惨な状況にある。かつて中東諸国の中でも最高水準の技術、陣容を誇った医療体制は崩壊したといってよい。湾岸戦争後の経済制裁は、医療機器の更新を妨げた。医薬品の恒常的欠乏を招いた。そして、イラク戦争は病院だけでなく、電気・水・下水という健康を維持する公共財を破壊した。電気が来ない、薬品を冷蔵する設備がない、入れるワクチンがない。1991年に1800を数えた健康センターが、今では半数は大規模な修繕を必要としており、使い物にならなくなっているという。
栄養失調の子どもの比率は、占領下で倍になった。下水設備は都市部で47%、地方では3%の世帯でしか使えない。電気や水の不足が、チフス、肝障害などの患者を増やしている。
一刻も早く、こうした惨状を克服しなければらない。UUIのプロジェクトは、民衆自らの手で成し遂げる解決策である。それは、わずか1棟の病院建設だとしても、社会に与える影響は大きい。占領体制の下ででっち上げられた傀儡(かいらい)政府がサボタージュを決め込む中で、だれがこの国を再建しようとしているのか一目瞭然となるからだ。
だが残念なことに、UUIのプロジェクトは休止した。カナダからの資金援助が凍結されたからだ。サミール・アディルIFC議長は「われわれには、政策もそれを担うスタッフもいる。ただ資金が足りない」と、機会あるごとに経済的な支援を訴えている。UUIの病院プロジェクトを聞いてその緊急性を感じた。
怒りの共有から
各地の報告会で「何かできることはないか」とよく聞かれる。イラクの子どもたちを救うためには、イラク社会が健全さを取り戻さなければならない。軍隊が大きな顔をして街をうろつくような社会であってはならない。イラク民衆の願いを実現する政治体制を作り上げることだ。
イラクに限らず、「かわいそうな子どもたちに支援の手を」と救済募金が取り組まれる。医薬品を送ることでたとえ1人2人の子どもが救えたとしても、10万人単位の同じ境遇の子どもたちを救うことはできない。その国のあり方を変えなければ解決はない。
イラク戦争当初、戦争に賛成した勢力が「毛布を送ろう」キャンペーンをしたことがある。恥を知れといいたい。自然災害は起こそうと意図して起きるものではない。だが、戦争は起こそうと思って、戦闘に踏み切るのである。他人の命で自ら利益を得ようとする者たちが実行するのである。支援・連帯の運動には、まず、こうした”戦争屋”に対する怒りがなければならない。
占領とかいらい政権に対する民衆の怒りは、各地で爆発していた。幸いなことにイラクには、民衆の願う社会を提示できる勢力がいた。反占領を掲げ、政教分離、自由・平等の社会建設をめざすIFCだ。平和を願う世界の民衆の共同行動として、”怒りから建設へ”。必ず成功させねばと強く思う。(終)