2006年06月09日発行938号

【太平洋戦争被害者補償推進協議会 / イ・ヒジャさんに聞く / 家族に苦痛を与える戦争をしてはならない / 戦後60年、新たな靖国訴訟へ】

 戦後60年。日本政府は侵略戦争の責任をはたそうとせず、被害者に対する謝罪も補償も放置したままだ。朝鮮人強制連行被害者の訴えにこたえ製作された「恨(ハン)之碑」。その除幕式(5月13日沖縄県)に来日した太平洋戦争被害者補償推進協議会の共同代表李煕子(イ・ヒジャ)さんに思いを聞いた。(まとめは編集部)


「恨之碑」への思い

◆「恨之碑」が日韓それぞれ 完成しました。

李煕子(イ・ヒジャ)さん  父親が日本軍に徴用され戦病死。補償と靖国合祀取り下げを求めている。太平洋戦争被害者補償推進協議会共同代表
写真:

 1997年、全交(働く青年の全国交歓会=当時)の場で強制連行被害者である姜仁昌(カン・インチャン)さんが「沖縄阿嘉島から戻れなかった多くの同僚のために、墓に代わるものが作りたい。是非皆さんの協力をお願いしたい」と話されたことが強く記憶に残っています。そうした願いが、みなさんの協力で「恨之碑」となり、99年に韓国英陽(ヨンヤン)郡、そして今年、沖縄に実現した意義はとても深いと思います。

 英陽郡は姜さんの在住地で、その地域を中心とした慶尚北道から3千人以上の人々が沖縄に連行されています。韓国には、日帝時代の被徴発犠牲者追悼碑はいくつかありますが、石に文字を刻んだものがほとんどで、「恨之碑」のようなレリーフはありません。沖縄の彫刻家金城実さんの作品は特筆すべきものです。

 この10年間いろんなことがありました。沖縄の「恨之碑」建立地に続く坂道を登っていくにつれ、こみ上げる涙を抑えるのがやっとでした。つらいこと、もちろんうれしいこと、碑が実現したことへの感謝の気持ちなどもあります。

恨(ハン)之碑
写真:恨(ハン)之碑

 「恨」は朝鮮人の心の中に深く刻まれています。ふるさとを思い、子どもを思い、妻や夫を思いながら亡くなっていった人々の悔しさ、無念さ…。この碑の建立で、こうした「恨」が解き放たれるのだろうかと複雑な思いがめぐってきたのです。

 「恨之碑」が完成しひとつの区切りにはなりましたが、一番大切なことはこれを始まりとすることです。この碑の存在を契機にして、戦争の悲惨さ、犠牲者・遺族のつらさ、悔しさに思いをはせる活動を強めていくことが最も大事でしょう。碑の建立に努力された関係者が、碑を通じてさらに輪を広げる、若い次の世代に伝える場を広げていく活動に励むことが必要です。

映画にこめた訴え

◆映画『あんにょん・サヨナ ラ』(注1)に大きな反響 があります。

 各地で好評を得ています。「見たよ」と声をかけられることが多くあるのですが、自分としては、何か満たされない複雑な気持ちでいます。わたしが主人公にならざるを得なかったこと、父を失くしたつらい思いを語らざるを得なかったことからです。

 でも制作する限りは、わたしの考えを皆さんに正確に伝えることが大切だと思っています。本当に「靖国」のことを知らない人がいかに多いか、驚かされました。靖国神社は、子どもや家族のことを漫然と祈る場ではありません。それを伝えるいわば広報大使になったつもりで、責任感をもって、知ってもらうための活動だと思って取り組んでいます。

沖縄読谷村で行われた「恨之碑」の除幕式(5月13日)
写真:沖縄読谷村で行われた「恨之碑」の除幕式(5月13日)

 「靖国」をなぜ訴えているのかと聞く人もいます。わたしは歴史家でも活動家でもありません。靖国神社について研究してきたわけでもありません。ただ、日本の植民地支配の中で父を失い、その上、亡くなった父を無断でまったく知らない間に合祀(ごうし)していることが許せないのです。生きている間も日帝によって支配され、死んでからもなお支配されているということに対して、民族に対する冒涜だという怒りから、個人として、娘として訴えているのです。

 合祀されたのが1959年でしたが、それをわたしが知ったのは97年です。父の死後残された家族の住所がわかっていたにもかかわらず、通知もせず、家族をほったらかしにした事実だけでも怒りはおさまりません。どんなことがあろうとも、45年に植民地支配から解放された後もなお、死んでからも支配していることを許すことはできません。

 訴えたいポイントは、「靖国」がいかにおかしな場所であるのかを考えてほしいということです。「正月や慶事、家族の健康を願う場だ」なんて考えられないことです。「靖国」の本質を理解してほしくて、索漠とした気持ちがあるのですが、あえて映画の主人公になって一生懸命訴えたのです。

 好評をいただいているのは、わたしのこの固い意志が伝わったのでしょう。深い悲しみをもとに運動を重ねてきました。それが通じたのだと思います。映画の実際の主人公は、「靖国神社」そのものですから。

合祀取り消し求める

◆新たな訴訟をはじめると聞 きました。

 軍人軍属裁判(注2)は、5月25日に1審の判決が出ます。裁判では強制連行や「靖国」、戦後補償が問われていますが、靖国に2万人以上の朝鮮人が合祀されている事実は韓国の人さえ知らなかったと思います。もし訴えが棄却されたとしても、控訴するつもりです。

 それとは別に、靖国神社を相手に合祀取り消しの裁判を考えています。

 「恨之碑」の建立、ドキュメント映画『あんにょん・サヨナラ』の制作、そして「靖国」合祀取り消し訴訟には共通したものがあります。それは、戦争をしてはならないということです。家族を失う悲しみ、逆に言えばいかに家族が大切であるかを訴えたいのです。わたしの中では、家族の大切さがこれらの活動を貫いています。家族に苦痛を与える戦争は絶対してはならないということです。

 ありがとうございました。

   *  *  *

(注1)映画『あんにょん・サヨナラ』

 日韓合同制作のドキュメンタリー。イ・ヒジャさんの父は旧日本軍に徴用され中国で戦病死した。父の靖国合祀取り下げを求める彼女の闘いや、日本の側から支援に取り組む人の活動と思いが描かれている。プサン国際映画祭・最優秀韓国ドキュメンタリー賞など受賞多。上映日程などは、http://www.gun-gun.jp/document.htmまで。

(注2)軍人軍属裁判

 元日本軍に徴用された在韓の軍人軍属の生存者252名が、日本政府を相手取り、靖国合祀取り消し、遺骨返還、未払い給与の返還などを求め、2001年6月29日に東京地裁に提訴した戦後補償裁判。

 

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